ミグ25函館空港へ緊急着陸


−経緯−

昭和51年9月6日、ソ連(現ロシア)の最新鋭機ミグ25「フォックスバット」が、領空侵犯し北海道函館空港へ飛来。空港上空を旋回した後、午後1時48分、強行着陸を開始しオーバランして止まった。ミグ25は当時マッハ3.4を記録した世界最強の戦闘機として西側が注目していた。

−その後−

操縦していたのはビクトル・イワノビチ・ベレンコ空軍中尉(当時29歳)で、米国への亡命を希望していた。ミグが止まって最初に駆けつけた空港建設の現場監督は、写真を撮りながら近づいたがベレンコ中尉はピストルを空に向けて発射。震えあがった現場監督は、フイルムを抜き取りベレンコ中尉に渡した。

後日談で、この時ベレンコ中尉は「抵抗しないことを意味するため」ピストルを空に向けて発射したとコメントしている。
結局、ベレンコ中尉の希望はかなえられ米国へ亡命した。機体は、ソ連(現、ロシア)から即日返還要求があったが、日米は茨城県の百里基地へ搬送し機体調査を実施した。その後11月15日にソ連に返還されたが、自衛隊と米軍は徹底的にミグを調査しておりソ連としては大打撃を被った。当時は、米ソ冷戦の緊張した時代であり「ソ連がミグを取り返しに北海道へ上陸してくる」など物騒なデマが流れ日本中が緊張した。

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函館空港に着陸したミグ25「フォックスバット」 ベレンコ中尉


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