ロッキード事件


−経緯−
昭和51年2月4日、米国上院外交委員会多国籍企業小委員会がこの日の公聴会で「ロッキード社が自社の航空機売り込みのために対日工作費として1000万ドル(約30億円)を超える金を極秘で使っていた」ことを暴露した。この日に証言したロッキード社の幹部は、ロッキード社の秘密の代理人である児玉誉士夫に21億円を前年までに手渡ししていたことを証言した。

6日はロッキード社の副社長・コーチャン氏が「児玉に支払った21億円の内、国際興業の小佐野賢治と正式な代理店である丸紅の伊藤宏専務を通じて日本政府関係者に支払われた」と証言。全日空への大型旅客機「トライスター」売り込みのための一大疑獄が明らかにされた。

−展開−
この衝撃的なニュースによって、日本は2月16日に国会で「第一次ロッキード事件証人喚問」を実施。証人として出席した小佐野賢治や伊藤宏専務、全日空の若狭得治社長らが「記憶にございません」を連発。ロッキード社への領収書に「ピーナッツ100個受け取り」など、当時の流行語にまでなった。一方検察庁は、刑事事件として捜査を開始。その結果、4年前に全日空は次期主力機をダクラス社のDC10型機を内定していたが、突如ロッキード社の「トライスター」に決定。これが賄賂に当たるとした。

1.ロッキード社から丸紅を経由して田中首相に5億円が渡った「丸紅ルート」
2.全日空から政界へばらまいた「全日空ルート」
3.ロッキード社から児玉を経由して小佐野へ渡った「児玉ルート」
の3ルートが発覚した。

−結果−
6月22日から7月13日にかけて、東京地検は丸紅会長・檜山宏、同専務・大久保利春、全日空社長・若狭得治らを次々に逮捕。7月27日午前6時30分、東京地検が目白にある田中邸に入り、ついに闇将軍と異名を取る田中元首相を「受託収賄罪」と「外為法違反」で逮捕した。昭和58年10月12日、東京地裁は田中被告に懲役4年、追徴金5億円の実刑判決を下したが、田中元首相は即日控訴。田中元首相は平成5年の死去まで「闇将軍」として政治の裏側で巨大な権力を握っていた。


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