金大中事件


−経緯−

昭和48年8月8日、東京のホテル・グランドパレスで、韓国の政治家、金大中氏(のちの韓国大統領)が、白昼堂々と6人の男に拉致された。この日、金氏は、同ホテルに宿泊していた梁一東韓国民主統一党党首に招かれて会談をした。

午後1時19分、会談を終えた金大中氏はスイートルーム2212号室前を通り過ぎた所で突然暴漢に襲われ、開き部屋であった2210号室に引きずり込まれた。そして麻酔薬を染み込ませたタオルを押し付けられて意識朦朧となったところを、地下駐車場で待機していた車で大阪方面へ拉致された。大阪に着くと、韓国へ向かうため用意していた船に乗せられた。

後日、金氏は「船上に連れ込まれた時、足に重りを付けられた」と証言している。と言うことは、明らかに海に投げ込むことを意味しており、金氏の拉致は抹消することを目的としていたことが明らかになる。所が、船が大阪埠頭から出港し、釜山に向かう途中の日本海沿岸で突然、自衛隊機が追跡してきた。船は猛スピードで逃走する。ここで、金氏を海に投げ込めば全てがばれてしまう。

このため、急遽計画を変更し、金氏を釜山まで拉致することになった。犯行グループは、ここまで公になった以上、殺害することもできず、韓国に上陸した後、金氏を解放する。
拉致から5日後、金氏は憔悴しきって自宅に戻ってきた。

−誰が−
当時の政府・与党である朴大統領は、野党で躍進する金氏に対して大きな不安を抱いていた。このままでは、大統領の地位も危ういと感じた朴大統領は、韓国KCIA(現在の国家情報院)長官に金氏の拉致を示唆したことは定説になっている。

日本政府は、日本国内で韓国の大物政治家が拉致されたことに大きなショックと主権を侵害されたことに強い憤りを韓国政府にぶつける。韓国政府は、一切関与していないと主張。日韓の関係が悪化しつつあった。

9月2日、警視庁特捜部は、事件現場に在日韓国大使館の一等書記官・金東雲の指紋を発見したと発表。そこで韓国政府は、11月1日に、韓国政府は金東雲の単独犯行として更迭したと発表した。ここで、日韓政府の手打ち式となったのだが、裏で本事件の取引(金氏事件をこれ以上追求しない代わりに、日本の農林水産省関連の賄賂を不問にする取引と言われているが、現在まで謎となっている)があったと囁かれている。
金大中はその後もKICAから拘束・干渉されるなど政治妨害をされ続けたが、1998年2月、悲願であった韓国大統領に就任した。が、今もその時に何があったのか金氏は多くを語らない。

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身柄を解放され自宅に戻った金大中氏 拉致された2210号室


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