勝田清孝、連続殺人事件(警察庁指定113号)


−経緯−
昭和58年1月31日午後1時半頃、名古屋市昭和区の引越会社・社長が、第一勧業銀行御器所(ごきそ)支店で、従業員の給料を引き落とし駐車場に戻った所、元消防士の勝田清孝(当時35歳)にピストルを突きつけられて、引き落としたばかりの現金102万円の封筒を強奪された。更に、勝田は車に同乗し駐車場から出るよう指示した。が、駐車場を出たら殺されると思った社長は、ピストルを持つ勝田に抵抗、揉み合いとなった。これを目撃した通行人が支店に連絡。間もなく駆けつけて来た警官が取り押さえ現行犯逮捕した。

取り調べで勝田は、昭和47年から57年にかけて8件、8人の殺害を自供しだした。愛知県警は騒然となった。いわゆる迷宮入りとなった殺人事件が全て勝田に繋がったからだ。

−殺人の足跡−
勝田は、京都府木津町の農家の長男として昭和23年8月29日に出生した。高校時代に盗みを繰り返し少年院に送られている。出所後の昭和47年、父親の勧めで相楽中部消防組合に正式採用され消防士となる。消防士となって間もない9月13日未明、京都市山科区のアパートに、空き巣目的で侵入。所が、留守と思っていた部屋には、世帯主であるホステスのM子さん(当時24歳)が居て、顔を見られてしまった。勝田は見られたことで殺すしか無いと考え、乱暴した上で絞殺した。その際、財布から千円を盗んでいる。

その後、昭和50年7月6日、クラブ経営のFさん(当時35歳)を殺害、51年3月5日にホステスのIさん(当時27歳)、52年6月30日にパート従業員のMさん(当時28歳)、同年8月12日に美容師のSさん(当時33歳)、同年12月13日に労金職員の男性でIさん(当時25歳)、昭和55年7月31日にスーパ店長のHさん(当時35歳)、57年10月31日に溶接工のKさん(当時27歳)の殺人を自供した。

犯行の動機は身分不相応の暮らし振りで、高級クラブやスナックへ連日通い詰め、大型外車を乗り回すなど派手な生活をしていたため借金が膨らみ強盗、殺人を繰り返していた。

昭和55年頃から勝田の犯行は更に凶悪化する。散弾銃を盗み、スーパ店長のHさんを射殺。また、警察官を事故通報で呼び出し、駆けつけた警察官を車で轢いて、警察官のピストルを盗むという過激な犯行にエスカレートしていった。

−勝田の人間性−
勝田は、消防士としての在職中、20回の表彰を受け、全国競技大会では2年連続入賞するなど有望な消防士としての地位を固めていた。また、パート従業員のMさんを殺害した6日後に、勝田は妻と朝日放送製作の「夫婦でドンピシャ!」というクイズ番組に出演。まじめな消防士で、話しの上手な良き夫を演じていた。この放送は8月20日に全国ネットでオンエアされている。これだけの殺人を犯してなお、娯楽番組に出演する勝田の心は、まったく理解できない。

昭和61年3月24日一審で死刑判決。平成6年1月17日最高裁で死刑が確定。平成12年11月30日死刑執行。


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