下関・通り魔殺人事件


−経緯−
平成11年9月29日、上部泰明(山口県出身、当時35歳)は、レンターカーを運転しJR下関構内へ猛スピードで突っ込んだ。改札口までの60m間で、構内にいた乗客ら7人をはねた。

その後、車を降りた上部は、包丁を振り回し改札口を通り抜け階段やホームで8人に切りつけた。その結果、5人が死亡、10人が重軽傷を負った。池袋・通り魔事件からわずか3週間後のことであった。

−犯人像−
上部は、下関市内の県立高校を卒業後、九州大学工学部に入学した。卒業後は、人間関係がうまくいかず精神科に通院している。その間、建設会社やソフト会社で勤務したが長続きはしなかった。

その後、建築士1級の資格を得て設計事務所を経営するが、営業不振で間もなく閉鎖する。平成11年2月に軽トラックを購入し運送業を始めたが、台風の影響で軽トラックが冠水し廃車同然となったり、妻から離婚の申し入れがあったりと「俺は、どこまでも運が無い」と嘆く。死のうと考えたとき、社会に対して恨みがあったのか「ただでは死なない」と睡眠薬120錠を飲み、レンタカーで下関駅構内へと突っ込んだ。

-死刑確定-
平成14年9月20日、山口地裁下関支部は「完全責任能力」を認定し求刑どおり上部に死刑判決を言い渡した。これに対して弁護側は、「事件当時、妄想に支配され心神喪失状態であり責任能力がなかった」として控訴。平成18年3月13日、広島高裁は上部の責任能力を認めた上で控訴を破棄。平成20年7月11日、最高裁は上部の上告を破棄して死刑が確定した。


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