静岡刑務所暴動脱獄事件

-経緯-
昭和22年9月6日、静岡刑務所で服役囚637人が暴動を起こした。所内で暴れだす服役囚に刑務官は制圧できず、傍観しているだけだった。この騒乱に乗じて、リーダー格のA、B、Cら9人が刑務所のトラックを奪って堂々と正門から脱獄した。刑務所からの通報で、警察が非常線を張って行方を追った結果、数日後には9人全員を逮捕した。

-無法化した刑務所-
本事件の遠因は、特警隊制度であった。この特警隊とは、戦中に刑務官が軍に召集されたため、職員不足を補うため服役囚の中で模範囚を刑務補助にあたらせた集団を指す。当初、服役囚の作業・服役管理に功を奏したが、戦後になると刑務所内の規律は一転した。

戦後の社会秩序の乱れに乗じて特警隊は特権を振りかざして、様々な処遇を要求するようになった。所内では、酒、タバコ、賭博などが日常茶飯事となり、暴力的な組織となった。このような背景の中、特警隊のリーダであるAが、あと3日で仮釈放という段階で、所長に今日中に釈放するように迫った。当初、所長は釈放権限は無いとして要求を拒否した。これに激怒したAは、B、Cに働き掛けて、所内の服役囚に暴動を扇動させた。

これが起爆剤となって、637人の服役囚が所内の作業場、食堂などの施設で大暴れした。この暴動で、刑務責任者である戒護課長が逃げだす始末で所内は完全に無法化した。これに乗じてAは出刃包丁で刑務所長を脅してトラックで脱獄したのだった。

-脱獄囚9人のその後の処遇-
脱獄から数日後に9人全員が逮捕された。その結果、主犯のA、B、Cの3人は、強要、傷害、加重逃走罪などで10年以上の刑期が加算された。Aは、あと3日待てば仮釈放だったのに、この事件で更に10年以上も服役することになった。また、刑務所の職員20人の処分を行い、所長ら幹部は懲戒解雇となった。

事態を重くみた法務省は改善処置を行った。その結果、特警隊制度は廃止された。そして今日まで続いている集団行進など様々な動作に関しても細かく指導するようになった。


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