志布志冤罪事件

-経緯-
平成15年4月13日、統一地方選挙の鹿児島県曽於郡選挙区(当時定数3議席)で中山信一氏(当時57歳)が初当選した。翌14日なって、鹿児島県警志布志警察署は、志布志町(現志布志市)の集落で有権者に缶ビールを配った容疑で、中山陣営のホテル経営者・川畑幸夫さんを任意で取り調べた。これが、志布志事件あるいは鹿児島事件と呼ばれる冤罪事件の発端となった。

そもそも、この選挙区では自民党公認の候補者が無投票で当選するという保守的な地域。ところが、無所属の中山氏が立候補したため激しい選挙戦が展開された。結果、自民党の現職市ヶ谷誠氏が落選して中山氏が3位で初当選した。

-踏み字事件-
14日、志布志警察署の黒健治署長(当時)、磯辺信一警部(同)、濱田隆弘警部補(同)らは、中山議員の公職選挙法違反の疑いで捜査本部を設置。早速、中山氏と親戚で選挙の運動員だった川畑さんを任意で志布志署に出頭させて厳しい取り調べを行なった。だが、川畑さんにはまったく身に覚えが無く容疑を否認し無実を訴えた。

すると、取調べから3日目の16日、この男性の義父や孫からのメッセージだと言って、「こんな男に娘を嫁にやった覚えは無い」、「おじいちゃん、早く正直になって」などと書いた用紙を床に置いて、踏み絵ならぬ、踏み字を強要。嫌がる川畑さんに、濱田警部補らは両足を掴んで無理やり踏ませた。その後、証拠不十分として捜査は打ち切られたものの、川畑さんは精神的な苦痛で入院を余儀なくされた。

-第2のターゲット-
18日になって、県警は現金2万円と焼酎2本を受取った容疑で志布志町内の女性ら13人を任意で取り調べる。だが、この女性達も容疑を否認した。焦る捜査官は執拗に、「容疑を認めたら逮捕はしない」とか「容疑を認めなければ、お前の家族全員まとめて逮捕するぞ」などと言って脅迫した。

県警は、6月4日に公選法違反容疑で中山議員と妻を逮捕。2人は容疑を否認して無実を訴えたが、妻は273日間、中山議員は実に395日間という長期拘留を強いられた。最終的に、中山議員夫妻が贈賄容疑で志布志町の住人11人が収賄容疑で起訴された。

-なぜ執拗な捜査、取調べを行ったのか?-
そもそも、この志布志町のこの集落では、当選7回の森義夫県議が強固な地盤を築いていた地区で、警察署も森議員に逆らえないような土壌だった。特に、志布志警察署の磯部警部と森県議は20年来の親交があり、中山県議の公選法違反容疑の捜査でも事前に2人は協議していたという。結果は、中山議員の拘留の結果、補欠選挙で次点だった市谷氏が返り咲きしたので、森県議の思惑通りに運んだということなのかは推測の域を出ない。

-冤罪だった-
平成19年2月23日、鹿児島地裁は、贈収賄の会合が行なわれたという4回の会合のうち、2回は日時の特定ができていないこと、日時が特定されている2回の会合では中山氏のアリバイが確実であり成立しないなどの理由をあげて12名に(1人は公判中に病死)無罪を言い渡した。

この頃には、テレビニュースや新聞などで、志布志警察署の逸脱した捜査方法、強引な取調べなどが世論の知るところとなり、検察側は控訴を断念。中山氏ら全員に無罪が確定した。

この事件をきっかけに取り調べの可視化の声が高まったのは言うまでもない。国家権力の使い方を故意に逸脱すると、どんな善良な市民も容疑者になりうるという恐怖を知った事件であった。


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