てるくはのる事件(京都・児童殺害事件)


−経緯−

平成11年12月21日午後2時頃、京都府伏見区の日野小学校の2年生・中村俊希君(当時7歳)が、同校庭で若い男に刺し殺された。付近にはナイフ・農薬容器・金槌・塗料缶・枕カバー・手書きのコピー6枚(犯行声明)が落ちていた。
この犯行声明は、日野小学校に恨みがあること、捜さないでほしいことが記載され、最後に自分を認識する記号として「てるくはのる」と書いてあった。

捜査結果、12月30日、現場に近いホームセンターから事件の二日前に、犯行に使ったナイフや農薬を購入した若い男性がいたことが判明。さらに、同店の防犯ビデオにその男が写っていた。

翌年の2月5日、伏見署は、伏見区の団地で母親と二人暮しの浪人生・岡村浩昌(当時21歳)に任意同行を求めた。伏見署は、岡村が学校教育に不満を持っていた事、防犯ビデオに写っている男に近似していることから容疑者と断定していた。
同行を渋っていた岡村は、母親から「無実を信じている。犯行していないのなら、警察で真実を語りなさい」と促され、近所の公園で、岡村と捜査班のやり取りが続けられた。警察署に同行することを渋る岡村は、捜査班のスキを見て逃走し、近くのスーパに飛び込み、隣接したマンションの13階から飛び降り自殺した。

−てるくはのる−
その後、岡村の自宅を家宅捜索すると、「名言名句416ページ」というメモを発見。本棚にあった格言集の416ページを開くと「か行」の索引の末尾文字を、左から右に書くと「てるくはのる」になることが判明した。この意味の謎解きは、興味本位で色々と騒がれたが、特別の意味は無かったとの結論となった。

画像
犯行声明


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