長崎市長・射殺事件


−経緯−
平成19年4月17日午後7時50分頃、長崎市長選挙で各地を遊説していた伊藤一長市長(当時61歳)は、JR長崎駅前にある選挙事務所に戻ったところを、暴力団幹部の城尾哲弥(当時59歳)に背後から拳銃で撃たれた。直ちに、伊藤市長は長崎大学付属病院に搬送されたが、2発の銃弾は心臓や肺を突き破り心肺停止の状態だった。医師団は懸命の治療を行ったが、翌日の18日午前2時28分に出血多量による死亡が確認された。

犯人の城尾は、犯行直後に選挙事務所の関係者等に取り押さえられ、駆けつけた警察官に身柄を引き渡された。現行犯逮捕された城尾は、「長崎市に募らせた憤懣をトップである市長への4選を阻止して恨みを晴らしたかった」と犯行の動機を供述した。

城尾は、組織を維持するための資金を得るため、長崎市発注の工事入札に参加。その際、談合を持ちかけたが失敗。また、手なずけていた建設会社を利用して、市の中小企業融資制度から多額の融資を受けようとしたがいずれも失敗した。また、市の発注した建設現場にできた穴に、自分の車の後輪が脱輪して傷がついたと、修理代を市に請求するなどしたが、いずれも長崎市はこれを拒否。城尾は、長崎市に対して一方的な恨みを抱いて犯行におよんだ。

−一審死刑判決−
平成20年5月26日、長崎地裁は、「現職市長が暴力団の凶弾に倒れる事態は暴力団の無法さ、武器犯罪の恐怖を改めて全国に知らしめることになり、社会全体を震撼させた。取り調べでも、市に不正があるなどと主張して自らの行為を正当化している。真摯に反省しているとは認められない」として、城尾に死刑を言い渡した。これに対して、城尾は即日控訴した。

広島市とともに被爆した長崎市は平和の象徴であるにもかかわらず、平成2年1月18日の「本島長崎市長・銃撃事件」に続いて2度も市長が銃撃されたことに市民は憤りを募らせた。


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