地下鉄サリン・オウム事件


−経緯−

平成7年3月20日午前8時過ぎ、日本のみならず世界中を震撼させた「地下鉄サリン」事件が発生した。営団地下鉄の日比谷線・千代田線・丸の内線の3路線、5本の電車にサリンが撒かれた。通勤客、駅員など12人が死亡、約6000人の重軽傷死者を出し、被害のあった地下駅と地上で大パニックが発生した。築地駅では、道路にまで青いビニールシートが敷き詰められ被害にあった人々が横たわった。周辺をパトカーや救急車、消防車、はては自衛隊の化学処理搬が出動するなど、東京のオフィス街は戦場と化した。

−捜査−

数々の状況から、犯行はオウム真理教と見た警視庁は、翌々日の22日、総本山である山梨県の上九一色村の教団本部へ強制捜査を実施。5月16日に麻原彰晃(本名・松本智津夫)ら教団幹部を逮捕した。取り調べの中で、地下鉄サリン事件の概要が見えてきた。同年2月に東京都品川の公証役場事務長の拉致事件で、捜査当局が教団施設への立ち入り捜査をするという情報を掴んだ教団は、実行犯を選出し、これをかく乱するため官庁街の中心である霞ヶ関駅へ向かう各地下鉄に、ビニールパックに入れたサリンを電車内で傘の先端で破って散布したことが判明した。

−関連事件−
このオウム真理教の事件は、前年の「松本サリン事件」も含めて多数の事件を起こしている。まず、3月の地下鉄サリン事件の直後の3月末に、一連の捜査最高指揮官である国松孝次警察庁長官が登庁するため、迎えの車に乗り込む数秒前に狙撃され重傷を負った。5月には新宿駅で青酸ガス発生事件、東京都庁で郵便物爆破事件と連続した。

地下鉄サリン事件以前にも、平成元年にオウム真理教に入信した子供達を救済するため、弁護活動をしていた坂本堤弁護士一家3人の拉致殺害事件や教団幹部の村井刺殺事件などが挙げられる。

−オウム真理教とは−
オウム真理教は、昭和59年に麻原がヨガを主体とした精神道場として「オウム神仙の会」を発足したことから始まる。昭和62年に「オウム真理教」と改め、信者を増やしていた。平成元年には、東京都から宗教法人として認可を受けた。
その頃には、30歳前の信者を中心に1万人に上る信者の獲得、海外にも支部を作るなど教団は急成長した。

麻原は妄想を拡大していく。「予言」と言っては好き勝手な暴言を吐くと村井や上祐、井上ら側近幹部が現実に起きることを実証していく(人為的に)。何も知らない一般信者は「予言が現実に起きる」ことで麻原を神憑りにしていく。

衆院選に出馬した時は、「自分はトップ当選する」と予言したが、こればかしは教団幹部もどうすることが出来ない。結果は1700票余りの惨敗であった。予言が当らなかったことに、一部の信者が疑い始めるのを恐れた麻原は《選挙は不正で自分はトップ当選だった》と言い張る。

そして、矛先を変えるため《世紀末=ハルマゲドン》を言い出すのであった。
麻原は、潤沢な資金(信者からの有形・無形の供与)で、世紀末のハルマゲドン(人類最終戦争)に備えるため、細菌・毒ガス・武器の研究、調達を指示。化学班のトップだった村井が早速「サリンの研究と製造」を山梨県の上九一色村にある教団施設・サティアンで開始した。

松本サリン事件では、この効果測定の実験を兼ねて住民から訴訟されている裁判のかく乱が目的だった。
そして3月20日、教団本部への捜査のかく乱を意図して地下鉄にサリンを撒いて史上最悪の事件を起こしたのだった。

何れも、麻原や一部の幹部による妄想(自分達を主とする1000年王国の実現)を現実にするため、教団にとって邪魔になる団体・個人に対して一方的に抹殺していくという、実に安易で冷酷な犯行を繰り返してきた。
麻原をはじめ、教団幹部の公判は今尚続いている。

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築地駅の現場 連行される麻原

−オウム真理教が犯した主な事件歴−
平成元年
2月x日 田口修二リンチ殺害事件 脱会しようとした信者の田口を殺害した
11月4日 坂元弁護士一家殺害事件 信者の親から要請を受けて教団と対立した弁護士一家を殺害
平成6年
1月30日 落田耕太郎リンチ殺害 元信者の落田が仲間を救出しようと教団に侵入。逆にリンチで殺害される
6月27日 松本サリン事件 松本支部建設反対の裁判を妨害するため官舎に向けてサリンを噴霧。7人が殺害される
7月10日 富田俊男殺害事件 元信者の富田を殺害
12月12日 浜口忠仁殺害事件 警察のスパイだと決めつけ殺害
平成7年
2月28日 仮谷清志殺害事件 公証役場の仮谷から元信者で妹の居所を聞き出すため監禁殺害
3月20日 地下鉄サリン事件 地下鉄にサリンを撒いて12人殺害

-公判-
名前 東京地裁 東京高裁 最高裁 備考
松本智津夫
(麻原彰晃)
死刑
平成16年2月27日
死刑 最高裁が控訴棄却
飯田エリ子 懲役7年 懲役6年6ヶ月 上告せず確定
山形明 懲役17年 懲役20年 上告せず確定
上祐史浩 懲役3年 懲役3年 懲役3年 服役後、別教団代表
松本知子 懲役7年 懲役6年 懲役6年 確定
林郁夫 無期懲役 確定
富田隆 懲役17年 懲役17年 上告取り下げて確定
岡崎一明 死刑 死刑 死刑 旧姓・宮前
石井久子 懲役3年8ヶ月 確定
富永昌宏 懲役18年 懲役15年 懲役15年 確定
横山真人 死刑 死刑 死刑 確定
北山浩一 無期懲役 無期懲役 無期懲役 確定
外崎清隆 無期懲役 無期懲役 無期懲役 確定
青山吉伸 懲役12年 懲役12年 上告せず確定
井上嘉浩 無期懲役 死刑 死刑 確定
林泰男 死刑 死刑 死刑 確定
豊田亨 死刑 死刑 死刑 確定
広瀬健一 死刑 死刑 死刑 確定
杉本繁郎 無期懲役 無期懲役 無期懲役 確定
端本悟 死刑 死刑 死刑 確定
早川紀代秀 死刑 死刑 死刑 確定
中村昇 無期懲役 無期懲役 無期懲役 確定
新実智光 死刑 死刑 死刑 確定
遠藤誠一 死刑 死刑 死刑 確定
中川智正 死刑 死刑 死刑 確定
土谷正美 死刑 死刑 死刑 確定
その他
村井秀夫 暴力団の徐に刺殺される
平田信 平成23年12月末に警視庁に自首して逮捕
菊地直子 平成24年6月3日潜伏先の相模原市で逮捕
高橋克也 平成24年6月15日東京都大田区で逮捕
注)189人が起訴されているが、ここでは主犯罪者のみ掲載している


−追記−
平成16年2月27日午後、東京地方裁判所は検察の求刑通り麻原彰晃(48歳)に「死刑」判決を言い渡した。判決内容で裁判長は、一被告の犯罪としては戦後最多の計26人の殺害、1人の逮捕監禁致死を含む13事件全てが被告の首謀だったと認定し「教団の勢力拡大を狙った衆院選で惨敗したため、教団の武装化を図り、悪質極まりない空虚虚言に基づいて、多数の生命を奪った犯罪は愚かであさましく、極限の非難に値する」と述べた。

オウム真理教の一連の事件で計27人が犠牲となり約6000人が負傷した。最後に残った教祖・麻原への判決で、起訴された189人の一審が全て終結した。この結果、死刑判決は12人、無期懲役は6人(うち3人は確定)となった。死刑判決を言い渡された麻原は即日控訴したが、弁護団は全員辞任をした。

-結審-
平成23年11月21日、最高裁は遠藤の上告を棄却して死刑が確定。これで一連のオウム事件の裁判は全て終結した。 その結果麻原をはじめ13人の死刑が確定した。

-逃走犯の逮捕-
逃走していた平田は、昨年の平成23年12月末に警視庁に自首して逮捕された。爆弾娘と言われた菊地直子は、平成24年6月3日神奈川県相模原市内の潜伏先のアパートで逮捕された。高橋克也は、同年6月15日、東京都大田区西蒲田の漫画喫茶にいたところを逮捕された。これで、オウムの逃走犯は全て逮捕された。


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