天六ガス爆発事故


−経緯−
昭和45年4月8日午後5時15分頃、大阪市北区の市営地下鉄2号線(谷町線)の延長工事現場で都市ガス管からガスが漏れた。このため、地下で作業していた作業員27人が地上に脱出。通報で消防車や緊急車両が現場に駆けつけて付近の交通整理を始めた。同5時39分、現場付近に駐車していたガス会社の車両を移動しようとエンジンをかけた途端、ガスに引火。車両は一瞬にして炎上した。その直後、地下に溜まっていたガスが大爆発した。

この大爆発で、現場付近にいた工事作業員や通勤帰りの会社員など79人が死亡。重軽傷者420人、被害家屋495戸という大惨事になった。特に、事故が発生した時間帯が帰宅ラッシュであったため、死亡した大半が一般の通行人であった。

現場付近の道路は、長さ100メートル、幅10メートル、深さ10メートルにわたって陥没し、鉄板や土砂、コンクリート約400トンが飛散した。一瞬にして空襲跡のようになった事故現場では、けが人が助けを求める叫び声でパニック状態となった。

−原因−
事故調査の結果、地下鉄工事の際、地下に露出した都市ガスの中圧管の継ぎ手部分が破損し、ガスが漏れたことが原因であることが判明。このガス管は地下10メートルの所に埋設されていたが、経年変化(昭和32年に埋設)で継ぎ手部分が強度低下していたため、当日の工事で継ぎ手部分が外れてガスが漏れたことがわかった。

この事故を契機として、「掘削により周囲が露出することになった導管の防護法」が制定され、ガスの漏洩を防止する措置や露出部分の両端が地崩れの恐れのない事の措置などが義務付けられた。尚、検察側は大阪市、大阪ガス、工事業者に対して刑事責任があるとして起訴。相互で争ったが、事故から14年後の昭和59年に被告側の過失責任を認める判決があった。


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