芦ノ湖畔殺人事件

-経緯-
昭和36年5月5日、千葉県船橋市の無職宍倉慶治(当時24歳)とA(当時22歳)は、白タクでひと稼ぎしようと共謀。この日、新宿で白タクに乗車し運転手のBさんに横浜市保土ヶ谷方面へ車を走らせた。保土ヶ谷付近に着くと宍倉等はBさんを殺害。さのまま遺体を乗せて箱根の芦ノ湖畔に遺棄した。

その後、宍倉等は兵庫、岡山県内で白タクの営業をしていたが、Bさんの遺体が6月7日に発見されたことにより、宍倉等が逮捕された。昭和38年4月、最高裁は宍倉の上告を棄却して死刑が確定。Aは、無期懲役が決定。


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