加古川・親族7人殺害事件


−経緯−
平成16年8月2日午前3時頃、兵庫県加古川市の無職藤城康孝(当時47歳)は、自宅東隣の伯母・藤代とし子さん(当時80歳)宅に上がりこみ、とし子さん等3人を刃物で滅多刺しして殺害。続いて、西隣の藤城利彦さん(当時64歳)宅に侵入。同様に利彦さん、利彦さんの妻(当時64歳)、長女(当時24歳)を殺害。この騒ぎで、近所に住む長男(当時27歳)も駆けつけて来たところを同様に殺害。

僅か1時間で7人を殺害した藤城は、自宅に火をつけて放火。自身も、この放火で火傷を負ったが車に乗り込み逃走を図った。だが、途中自損事故を起こして警察に身柄を拘束された。警察は、藤城の回復を待ち同月31日に逮捕した。

神戸地検は、藤城が10代の時に精神疾患で通院していた病歴があったため簡易精神鑑定を実施。その結果、刑事責任追及に問題がないと判断し、殺人、同未遂及び放火の容疑で起訴した。

−生い立ち−
藤城は、小学生の頃から乱暴者として近所に知られていた。弟や妹に革ベルトで叩いたり、ナイフを持ち歩いていたという。中学生になっても暴力沙汰は日常茶飯事で、このため両親は矯正を期待して全寮制の高校に進学させた。だが、高校卒業も素行は治らず、就職も運転手や調理師などに就いたがどれも長続きしなかった。

近所では、畑仕事している主婦に向かってブロックを投げ込んだり、洗車している人に水が流れ込むと言って胸ぐらを掴んで殴ったりと暴力沙汰は続いた。更には、人と目が合っただけで「殺すぞ」と脅され、包丁を持って追い掛け回したりしたこともあった。

そこで、近所の人達は警察に相談したが、警察は、「地域で解決してほしい」と門前払いだった。殺された利彦さんは仕事仲間に、「いずれ康孝に殺されるかもしれない」と洩らしていたと言う。又、康孝の実父も、「あんな息子と暮らしていたら殺される」と言って家を出て行ったほどであった。だが、母親は康孝を常に庇い溺愛していたという。

−動機−
殺された伯母のとし子さん宅は本家にあたり、康孝の家は分家にあたる。康孝は、とし子さんの亡夫(康孝の父親の兄)と父親との間の相続で恨みを抱いていた。土地や資産など本家と分家との差を執拗に恨み犯行に至ったとされる。また、定職も就かず狭い社会の中で、康孝は「近所の者は、自分を馬鹿にしている。邪魔者扱いしている」と邪推。被害妄想を膨らませた末の犯行とも言えた。その点で、戦前に起きた「津山30人殺し事件」の都井睦雄をイメージさせる。

現在、弁護側は、「犯行時、心神喪失か心神耗弱だった可能性がある」として精神鑑定を請求。神戸地裁は、これを認めて鑑定を実施することを決定。このため、現在公判は停止状態にある(平成20年4月末現在)。

その後、公判は再開され、平成21年5月29日神戸地裁は、「冷酷、残忍で犯罪史上まれにみる凶悪な犯行。刑事責任はあまりに重く、極刑に処するしかない」として求刑通り死刑を言い渡した。弁護側は控訴した。

 

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