長崎3人殺人事件


-経緯-
昭和53年3月21日、陶器販売業の村竹正博(当時30歳)は、知人のAさん(当時36歳)を長崎県川棚町の農道に誘い出し、貸した金320万円の返済を要求。するとAさんは、これを断ったため激昂した村竹がバットでAさんを殴打して殺害。Aさんと同伴していた女性(当時25歳)も同様に殺害した。更に翌日の22日、村竹は妻(当時34歳)に掛けていた保険金9000万円を騙し取ろうと計画。妻を絞殺したが、保険金の騙取りは失敗した。

村竹は、陶器販売業を地道に営んでいたが、商売の取引で詐欺にあい多額の損害を負った。このため、自分の店が倒産してしまうという焦りから犯行におよんだ。

-死刑確定-
昭和58年3月30日、長崎地裁佐世保支部は、村竹の動機に関して情状酌量を加味して無期懲役を言い渡した。これに対して検察側が量刑不当として控訴。昭和60年10月18日、福岡高裁は一審判決を破棄して村竹に死刑を言い渡した。平成2年4月27日、最高裁は二審判決を支持して村竹の上告を棄却。死刑が確定した。平成10年6日25日、福岡拘置所で死刑執行。享年54歳。


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