全日空羽田沖墜落事故


−経緯−
昭和41年は航空会社にとって悪夢の年であった。
2月4日午後7時、札幌雪祭りを楽しんだ観光客ら128人、乗務員7人の計135人を乗せた千歳発東京羽田空港行き、全日空ボーイング727型機が羽田空港着陸直前、羽田沖東方15キロ付近で墜落、全員が死亡した。日本の航空史上はじまって以来最大で、一機としては当時、民間航空史上最大の大惨事であった。

−事故調査団−
この事故を重く見た政府は、事故調査団を編成し4年間半にわたって調査した。が、ついに事故究明にはいたらなかった。そもそも、このボーイング727型機は「離着陸に弱い」と言われ、前年の昭和40年には米国で3機の同型機が墜落している。

3機とも燃料系統に欠陥があると指摘されており@3機とも着陸体制に入っていたA墜落時にいずれも火を吹いているB飛行開始後48時間から72時間という処女飛行で墜落しているC墜落時刻が夕暮れ時であるなど、全日空の場合と酷似していたが、調査団の公式見解は「確定的な事故原因を明らかにすることはできなかった」と昭和45年1月24日に発表している。また、可能性としてパイロットの判断ミスともとれるニュアンスにもなっていた。

−真相は−
事故調査団の山名正夫明大教授は、原因不明とする結論に反対し運輸省に辞表を提出する。山名説は、飛行中にグランドスポイラー(本来、着陸後、エアブレーキとして使用するもの)が立ってしまい、機体が失速状態となった。このため、機体後部の第三エンジン(右側)の空気流入量が減り、エンジンがストップ、再びエンジンを点火した際に異常燃焼による爆発が起こり、エンジンを支えるボルトがねじ切れ、着水と同時に右へ70メートル吹っ飛んだというものであった。

確かに、この推定は、現場の状況と照らし合わせても合点のいく説であった。しかしながら、調査団の「原因不明」が正式見解となり真相は闇の中に・・・

−ロザリオの謎−
乗客の一人で、証券会社重役の山村英雄さん(当時57才)は、熱心なクリスチャンで何時も指でくくって祈る連珠の鎖ロザリオを持ち歩いていた。救助隊のダイバーが、東京湾の墜落現場で次々に遺体を引き上げていた。その時、ロザリオを首にぶら下げている山村さんを発見し遺体を収容した。

本来、指でくくって祈るロザリオは、首にまくことはまず無いという。何故、山村さんが首に巻いていたのか。墜落までの数秒間は、本当に恐怖であったに違いないと夫人は言う。異常事態が発生したのは午後7時20秒から51秒の31秒間であった。この間における機内の恐怖は、想像を絶することであったろう。結局、この31秒間の原因はつかめなかった。


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