松本サリン・オウム事件


−経緯−
平成6年6月27日、午後11時前後に長野県松本市の住宅街で異臭がするとの119番通報があった。開智ハイツの住人や松本レックスハイツの住人など家族、友人らが気分が悪いと訴えていたのだ。この近所の一軒家に住む会社員の河野義行さん(当時44歳)も妻が突然倒れ、庭にいる愛犬2匹も全身痙攣しながら倒れていた。翌日の松本警察署の発表によると、毒ガスによる死者7人、重傷4人を出す惨事となった。

7月3日、捜査本部は毒ガスは「サリンと推定される物質を検出」したと発表。サリンは、河野宅の庭にある池や植樹の葉から多量に発見されていることから河野さんに事情聴取を行った。更に、河野宅を家宅捜査した結果、化学薬品が発見されるなど疑いは濃厚となる。

−報道のあり方−
この取り調べで、捜査員から「お前が犯人だ、正直に言え」など強制取り調べであったことが後日判明するが、当時のマスコミや国民は、完全に河野さん犯行説に傾いていた。河野さんの無実が完全に実証されるには、翌年の3月に発生するオウム真理教による「地下鉄サリン事件」まで待たねばならなかった。捜査当局のあり方、マスコミ報道や国民のあり方に警鐘を鳴らすこととなったのである。

−オウム真理教の犯行−
その後のオウム事件捜査の中で明らかにされていくが、当時オウム真理教は、松本市に支部を作ることを計画していた。所が、住民から訴訟を起こされ、オウム真理教側の敗訴が濃厚であった(支部の建設はもとより活動が出来なくなる)。これに激怒した教祖の麻原彰晃(本名・松本智津夫)が、裁判官や反対住民を殺す目的で、サリンを撒くことを教団幹部に命じたとされている。

命じられた実行犯の村井秀夫(当時35歳)ら6人が、河野さん宅に隣接する裁判所官舎に向けてサリン噴霧車から10分間、大型扇風機を利用しサリンを撒いたことが判明した。
この恐ろしい事件は、翌平成7年3月の地下鉄サリン事件へと繋がっていくことになる。

注)オウム真理教事件の主記事は「地下鉄サリン・オウム事件」を参照してください。


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