埼玉女性2人殺害事件


-経緯-
昭和48年8月4日、とび職の石田富蔵(当時52歳)は、夫がいるA子さん(当時33歳)と交際していたが、結婚話になるとA子さんが拒否したため激昂。埼玉県内の農道でA子さんの首を絞めて殺害。バックから所持金を奪った後、屍姦。更に遺体に油をまいて焼却し証拠隠滅を図った。石田は、妻が病死してから一人暮らしだった。ある時、飲食店でA子さんと知り合い、深い関係になり交際が続いていた。

翌年の昭和49年9月13日、埼玉県内の飲食店で客として店にいた石田は、偶然、店の鍵を拾った。そこで、午前2時過ぎに飲食店に侵入。すると、女性経営者のB子さん(当時50歳)の寝ている様子を見て強姦しようとしたが、抵抗されたため絞殺。貴金属などを奪って逃走した。

-死刑確定-
昭和55年1月30日、浦和地裁(現、さいたま地裁)は、石田に死刑を言い渡した。これに対して石田は、Bさん殺害に関しては事実無根であり、A子さん殺害に関しては、口論の末の傷害致死で殺意は無かったと主張し控訴した。

昭和57年12月23日、東京高裁は一審判決を支持して石田の控訴を棄却。平成元年6月13日、最高裁は一審、二審判決を支持して石田の上告を棄却。死刑が確定した。


ホーム

inserted by FC2 system