平取町・猟銃一家殺人事件


-経緯-
昭和54年7月18日、北海道日高支庁壮瞥町の剥製加工業・大田勝憲(当時35歳)は、平取町の剥製製造販売業・Kさん(当時51歳)方に、持参した猟銃を担保にキツネの毛皮代金約127万円の返済を延ばして欲しいと交渉。だが、口論となり激昂した大田がKさんを猟銃で射殺。更に口封じのため、Kさんの妻(当時37歳)、長女(当時22歳)、次男(当時2歳)を同様に射殺。4人を殺害したあと、大田は乗ってきた白いバンで逃げ帰った。

警察は、現場検証と付近の聞き込みを開始。すると、Kさんと口論が耐えなかった長男(当時20歳)の行方が分からないことが判明。警察は長男の行方を追って捜索したが、事件当日、札幌市内の喫茶店で働いている事が判明したため長男の嫌疑は晴れた。

翌年の昭和55年11月15日、大田が逮捕された。犯行当日に、Kさん宅の裏に駐車してあった白いバンを目撃した人の情報が決め手だった。

-死刑確定後の自殺-
公判では、「大田が犯人だとする物的証拠が乏しく自白にも疑問がある」と弁護側は主張したが、昭和59年3月23日、札幌地裁は「銃鑑定結果から被告人が犯人である可能性は極めて高く、自白も信用できる」として、大田に死刑を言い渡した。

昭和62年5月19日、札幌高裁は大田の控訴を棄却。平成5年12月10日、最高裁は上告を棄却して大田に死刑が確定した。
平成11年11月18日、大田は札幌拘置所で入浴中、かみそりで右首を切って自殺。出血多量で30分後に死亡したため死刑執行停止。享年55歳。


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