赤穂同僚妻子殺人事件


−経緯−
昭和58年1月19日、会社員・名田幸作(当時32歳)は、ゲーム賭博にのめりこんで多額の借金返済に困窮し、同僚の保険証を奪ってサラ金から融資を受けようと計画。同夜、兵庫県赤穂市内の同僚の妻A子さん(当時33歳)に、「ご主人が自殺した。病院に入院したので保険証を用意してほしい」と電話をかけた。A子さんは、主人が自殺する動機に思い当たる事がなかったが、突然の出来事で気が動転した。

やがて、名田が車で迎えに来ると、A子さんは4歳になる長男を抱いて車に同乗した。A子さんが詳しい事情を問いただすと、名田は適当に答えながら人気の無いところで車を止めて、A子さんの首を紐で縛って絞殺。遺体を海中に遺棄した。更に、車内で寝ていた長男を抱いて橋の上から20メートル下の千種川に投げ落として殺害した。その後、名田は奪った保険証でサラ金から現金100万円の融資を受けて、再びゲーム賭博にのめり込んだ。

妻子が行方不明になったことで、警察が捜査を開始。同僚の会社関係者を調べていくうち、ギャンブルで多額の借金を抱えていた名田が捜査線上に浮上。犯行当日のアリバイが明確でないことから名田を逮捕した。

−死刑確定−
昭和59年7月10日、神戸地裁姫路支部は名田に死刑を言い渡した。名田は、容疑は認めたものの殺意は無かったと主張し控訴した。昭和62年1月23日、大阪高裁は一審を支持して名田の控訴を棄却。平成4年9月29日、最高裁は一審、二審判決を支持して名田の上告を棄却。死刑が確定した。

平成19年4月27日、大阪拘置所で死刑執行。享年56歳。


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