宝石商殺人事件


-経緯-
昭和57年5月20日午後7時過ぎ、大阪府和泉市で無職の中元勝義(当時38歳)は、顔見知りの貴金属商のAさん(当時70歳)宅に上がりこみ、台所に居たAさんの妻(当時58歳)をナイフで殺害。この騒ぎで駆けつけたAさんも同様に殺害した。その後、応接間にあった3万円余りの現金を奪って逃走した。

まだ、犯行が発覚していない同月23日の午後8時過ぎ、中元は再びAさん宅に侵入。血まみれのAさんの遺体を物色し、金のブレスレットやダイヤのネクタイピンなど総額30万円の貴金属を奪って入質した。

中元は、ギャンブルにのめり込み借金返済に困窮していた。そこで、中元がよく行く喫茶店で、客に貴金属類を販売していたAさんに目を付け近づいた。中元は、Aさんに客を紹介するなどと言葉巧みに近づいてAさんの歓心を買った。だが、Aさんの妻が中元に対して警戒したため、このままでは金策が頓挫すると考え凶行に及んだ。

-死刑確定と再審請求-
中元は、取調べ段階では強盗殺人を認めたが、公判になると一転し、自供は警察の暴行によって強行されたものと主張。更に、殺人は犯しておらず、6月23日にAさん宅を訪ねたら既にAさん夫妻が殺害されており、自分は出来心で貴金属を盗んだだけだと主張した。

昭和60年5月16日、大阪地裁堺支部は、「捜査段階での取調官の暴行事実は認められず自白調書は任意性がある。社会に与えた影響は大きく極刑をもって望むしかない」と断じて中元に死刑を言い渡した。平成3年10月27日、大阪高裁は中元の控訴を棄却。平成9年1月28日、最高裁は中元の上告を棄却して死刑が確定した。

平成20年4月10日、大阪拘置所で死刑執行。享年64歳。


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