熊本・大学生誘拐殺人事件


-経緯-
昭和62年9月14日、田本竜也(当時22歳)は小学校時代の同級生で私立大学2年生のAさん(当時21歳)が資産家の息子であることに目を付け、友人3人と共謀し身代金目的の誘拐を計画した。

当日、田本はAさんを言葉巧みに誘い出し、Aさんの女友達と一緒に熊本県玉名市内をドライブした。やがて、目的の山中にある廃材置き場に着くと田本と友人3人で、Aさんの全身にブロックや空き瓶で殴り殺害した。その後、Aさんが生存しているように偽装してAさんの父親に5000万円の身代金を要求したり、Aさんの女友達を12日間に渡りホテルなどで監禁した。

-脱走計画と死刑確定-
田本は、公判で「犯行の主導はしていない。集団心理の中で犯行に及んだ」と主張していたが、昭和63年3月30日、熊本地裁は田本が犯行の主導的役割を果たしたとして死刑を言い渡した(共犯の3人は、それぞれ無期懲役、懲役20年、同18年が確定)。平成3年3月26日、福岡高裁は田本の控訴を棄却。平成10年4月23日、最高裁は上告を棄却して田本に死刑が確定した。

田本は上告中の平成9年12月、親密になった拘置所の看守から金切りノコを入手して、鉄格子を切断して脱走を計画。だが、切断しているところを別の看守に見つけられ書類送検された。尚、この事件で金切りノコを手渡した看守は懲戒免職、その他11人の職員が譴責や減給処分。この責任を感じた福岡拘置所長が飛び降り自殺した。


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