草加次郎事件


−経緯−

昭和38年9月5日午後8時15分頃、東京の営団地下鉄・銀座線の車内で京橋駅停車中に座席下にあった手製爆弾が爆発、乗客10名が重軽傷を負った。翌日、女優の吉永小百合宅に「9月9日午後7時10分発の急行(十和田)に乗車し、進行方向左側のデッキから点滅電燈を見たら100万円を投下しろ」というような脅迫状が届く。

捜査本部は、常盤線沿線に捜査官を配置するが当日も翌日も何事もなかった。犯人は、これ以降完全に捜査本部から行方をくらまし消息を断った。

−前歴−
前年の昭和37年11月4日、歌手の島倉千代子後援会事務所に爆薬入りの封筒が届き発火する事件があった。この事件が発端となり11月13日に飲食業の女性宅で同様の封筒が届き発火。11月20日有楽町の映画館「ニュー東宝」で同じく爆薬入りの封筒が発火。以降、11月26日の「日比谷劇場」、11月29日世田谷区の電話ボックスで爆発。

翌年の昭和38年には吉永小百合宅、鰐淵晴子宅に弾丸入りの脅迫状が届く。7月15日には上野の飲食店経営者がピストルで撃たれて重傷を負った。捜査本部が調査すると、吉永宅などに送りつけた弾丸と一致する。
これらの脅迫状あるいは爆破予告文は「草加次郎」名で送られてきた。

時限爆弾の物的証拠もあることから犯人特定は比較的容易と見られていた。しかし、警視庁は大規模な捜査本部を設置し捜査を行ったが犯人の特定ができず昭和53年9月5日時効が成立した。

この「草加次郎」事件の影響は大きく、模倣犯罪が各地でおこるなど社会を不安に陥れた。

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現場検証


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