鶴見強盗殺人事件


-経緯-
昭和63年6月20日午後2時30分頃、神奈川県横浜市鶴見区の金融業と不動産業を営む尹仁鉉さん(当時65歳)と妻の小林ハツ子さん(当時60歳)が、事務所奥の和室で頭から血を流して殺害されているのを、訪ねてきたタクシー運転手が発見し警察に通報した。

通報を受けた鶴見署が現場検証を開始すると、現場には争った跡や物色した跡がなかった。また、尹さん夫婦の遺体は、バールのようなもので頭部を殴打され、刺し傷も50ヶ所もあったことから、怨恨による犯行を視野に入れて捜査を始めた。

その後、捜査班は当日に銀行から引き落とした現金1200万円と通帳及び印鑑を入れていた布袋が無くなっている事をつきとめた。そこで、怨恨と強盗の両面で捜査を行うとともに、尹さんの仕事関係や交遊関係の身辺調査を始めた。

すると、犯行当日の午前中に電気工事業の高橋和利(当時54歳)が、尹さんの事務所に訪ねてくる予定だったことが判明。捜査班は、高橋に事情聴取すると、「午前11時前に、資金融資の件で尹さんの事務所を訪ねたところ、尹さん夫婦が血を流して死んでいた。傍に、現金が入っていた布袋があったので出来心で奪って逃げ出した。当時、事業が芳しくなかったので、つい魔がさした」と供述した。このため、鶴見署は7月1日に高橋を逮捕した。だが、高橋は殺害に関しては否認した。

-死刑確定も根強い冤罪説-
逮捕された高橋は、一旦は尹さん夫婦の殺害を認めた。だが、公判では、「自白しないと、奥さんをしょっ引いて徹底的に調べるぞ。いつまでも強情を張っていると検事や裁判官の心証が悪くなるから、一応認めて白黒は裁判所でつけてもらえと誘導され、嘘の自白をした」と主張し殺害を否認した。また、長時間にわたる取調べでトイレにも行かしてもらえず、殴る蹴るの暴行を受けたことも証言した。

だが検察側は、事件が起きた時間帯に高橋被告が現場にいたこと、当時会社の資金繰りに困窮していたことなどから、被害者らを殺害したのは高橋被告以外にはありえないと主張。
弁護側と検察側の主張が真っ二つに割れた。

平成7年9月7日東京地裁は、検察側の主張をほぼ認めて高橋に死刑を言い渡した。これを不服とした弁護側は控訴したが、平成14年10月30日東京高裁は、一審判決を支持して高橋の控訴を棄却。平成18年3月28日最高裁は、「被告人を犯人とした二審判決は正当として是認できる」とした上で、「被告人は多額の負債を抱え、返済資金を得るため、強固な殺意のもとに計画的に犯行を遂行したものであり、動機に酌量の余地はない」と断じて高橋の上告を棄却。高橋に死刑が確定した。


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