豊中市2人殺害事件


-経緯-
平成10年2月19日午前1時過ぎ、大阪府豊中市の路上で建築作業員の中山進(当時50歳)は、交際していた女性の別居中の夫で田中勝也さん(仮名、当時37歳)を手製の槍や包丁で胸や背中を滅多刺しして殺害。この夫の知人で一緒に歩いていたスナック従業員の女性(当時40歳)も口封じのため同様に殺害して逃走した。

この時、たまたま非番で近所にいた警察官ら3人が女性の悲鳴を聞きつけた。そこで悲鳴の聞こえる方向に駆け寄ったところ、男女2人が前身血まみれで倒れているのを発見。現場から車に乗って逃走しようとした中山を3人が追いかけた。間もなく、中山の運転する車は狭い路地に入って立ち往生したため、この瞬間に3人は中山を取り押さえて、通報で駆けつけてきた警察官に引き渡した。

-動機-
中山は、阪神淡路大震災の復興事業の際、建設作業員として大阪にやってきた。この時、田中さんの妻と知り合い交際するようになった。田中さんは妻と別居中だったが、離婚には応じなかった。このため、中山は田中さんを殺害しないかぎり田中さんの妻と一緒にはなれないと思い殺害を計画した。

中山は、昭和45年3月に高知県で銀行の警備員をライフル銃で射殺。強盗殺人の容疑で逮捕され、一審の高知地裁では死刑判決。昭和48年、二審の高松高裁で無期懲役を言い渡されて確定。18年間服役して平成3に岡山刑務所を仮出所していた。

-死刑確定-
中山は、公判では殺意を否認して、「もみ合った際に偶然包丁が刺さった」と主張したが、平成13年11月20日大阪地裁は、「被告は、もみ合った形跡もなく、何度も突き刺して殺害した」として殺意を認定し死刑を言い渡した。

中山は控訴したが平成15年10月27日大阪高裁は一審を支持して死刑判決。平成18年6月13日最高裁は、「計画的な犯行と断じた上で「18年間にわたる服役にもかかわらず、凶暴で反社会的な行動傾向は改善されていない」として中山の上告を棄却して死刑が確定した。


ホーム

inserted by FC2 system