えひめ丸衝突事故


−経緯−
平成13年2月10日(日本時間)、ハワイのオアフ島沖で愛媛県宇和島水産高校の練習船・えひめ丸(乗組員35人/499トン)が、突然急浮上したアメリカ海軍の原子力潜水艦・グリーンビルに衝突され5分後に沈没した。この衝突で海上に投げ出された26人は救助されたが、船内に残された9人が死亡した。この9人の内、4人が同校の生徒だった。

事故当時、グリーンビルは民間との関係向上の一環プログラムとして民間人16人を乗せて演習航海をしていた。潜行中、ソナー担当はえひめ丸の存在に気付いていたが、民間人との対応などに気をとられたのか、その後の注意義務を怠った。艦長のスコット・ワドル中佐も、付近に航行している船舶の有無に関して特別な配慮をせず、潜行から急浮上するための命令を出した。海面に向けて約45度の角度で急浮上するグリーンビルの運動エネルギーに対して、えひめ丸は流木にすぎなかった。エンジン部分を中心に衝突され、瞬時に浸水が始まり5分後に約600メートルの海底に沈んだ。

−森総理と米国側の謝罪−
このニュースの第一報は午前10時50分に、ゴルフに興じていた森総理(当時)に伝えられた。だが、彼は午後12時20分の第三報までの間、プレーを続けていた。このことが、後に問題となり、退陣に追い込まれる結果となった。

この鈍感宰相に対して迅速だったのは米国側で、ブッシュ大統領は森総理、パウェル国務長官は河野外相(当時)にそれぞれ電話で謝罪。大統領特使のファロン海軍大将が大統領の親書を持参して来日し謝罪した。この中で、海底に沈んでいる、えひめ丸の引き上げと遺体収容などあらゆる面での責任と義務を公言した。同年8月に海底に沈んでいる、えひめ丸を浅瀬に曳航して9人の行方不明の内、8人の遺体を収容した。

−処分−
グリーンビルのワドル艦長らは、軍法会議で審議されることはなく司令官による処分が確定した。それによると、ワドル艦長は減棒処分後に除隊。その後、海軍関連の企業に就職した。また、見張り義務がある哨戒長や火器管制官も軽微な処分であった。ワドル艦長は、翌年の平成14年12月に宇和島市を訪れ、同市内にある、えひめ丸慰霊碑に献花して改めて遺族に謝罪した。


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