農場管理人夫婦惨殺事件


−経緯−
昭和26年7月12日午前9時40分頃、北海道有珠郡伊達町の高橋農場管理人の自宅で管理人・森竹光善さん(当時56歳)と妻のスガさん(当時46歳)が血まみれになって絶命しているのを、同農場手伝いの女性が発見し警察に通報した。

警察は直ちに駆けつけて現場検証を開始した。森竹さんの遺体は廊下で絶命しており、うつ伏せに倒れている背中には出刃包丁が突き刺さっていた。だが、警察官が驚愕したのは、森竹さんの脳天から五寸釘が打ち込まれていたことだった。そこで、妻のスガさんの遺体を調べると同様に五寸釘が脳天から打ち込まれていた。更に、柳刃包丁が首に突き刺さっており切っ先は枕を貫通して畳に届いていた。

風呂場から台所にかけて地下足袋の跡があったことから、犯人はそこから侵入し台所で包丁を持ち出して夫婦を惨殺したことが推定された。だが、不思議なことに金員は一切盗られた形跡がなかった。そこで警察は、夫婦の残忍な遺体の様態から鑑みて犯人は物取り目的ではなく怨恨によるものと見て捜査を開始した。

−怨恨−
高橋農場は大正時代に開拓され約4万平方メートルの広大な土地に小作人130戸を持つ大農園。この経営者は東京在住であり、管理人である森竹さんが実質上の責任者であった。このため警察は、農場従業員を対象に聞き取り捜査を始めた。

すると、同農場従業員の佐藤栄治(当時52歳)が捜査員に執拗に接触し、森竹夫妻の悪評をことさらに強調したり、差し入れといっては捜査陣の中に入り込み捜査の進展を窺っている様子がみられた。そこで、捜査員は佐藤の裏付けを取るべく他の従業員に森竹夫妻の評判を聞いて回った。すると、確かに森竹夫妻の評判は最悪で、農場経営を任されているのをよいことに従業員には傲慢な態度をとり、帳簿のごまかしも日常茶飯事だったという。

佐藤は以前、森竹さんの不正行為を正すよう忠告したところ、逆に森竹さんの逆鱗に触れ主任から雑役係りに降格されたという事実を掴んだ。また、佐藤は大工並の腕前で牛舎や納屋などの修理保全をしていることから、五寸釘を手に入れることが容易であることが判明した。

8月22日、警察は佐藤を逮捕した。当初、犯行を否認していたが警察の厳しい追及に耐えかねてついに犯行を認めた。その中で、佐藤は「私がやりました。私でなくても誰かが森竹を殺したでしょう」と自供した。

佐藤は昭和16年4月に農場主任として無償で農家一戸と耕地借用などを条件に同農場に引っ越してきた。真面目で努力家の佐藤は、懸命に働き農場の発展に努めた。だが、森竹夫妻の傲慢な態度や不正に怒りを感じていた。

戦後になると、GHQの農地改革に基づき農場を縮小することになった高橋農場は、佐藤に全ての条件剥奪と雑役係りを命じた。それが嫌なら農場から出て行けと言われた佐藤は激怒した。この時から殺意を抱いていた佐藤は、「蛇を殺しても頭に釘を打っておけば祟られることはない」という迷信を思い出し、森竹夫妻の脳天から五寸釘を打ち込んだのだった。

札幌地裁は、佐藤に無期懲役を言い渡した。被告側、検事側共に控訴せず刑が確定し佐藤は服役した。

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