仙台・老夫婦強盗撲殺事件


−経緯−
昭和61年2月20日午後、宮城県仙台市で左官業の堀江守男(当時35歳)は、病院で知り合った年金暮らしの阿部弘さん(当時82歳)宅を訪問した。堀江は、以前から阿部さんに左官の仕事を依頼していたが中々返事をもらうことが出来ないことに逆恨みしていた。堀江は阿部さん宅に上がりこむと、その事で口論となり持参してきた鉄棒で阿部さんを殴打し撲殺した。

それから間もなく帰宅した阿部さんの妻で千重さん(当時75歳)も同様に鉄棒でメッタ打ちして撲殺した。その後、堀江は阿部さん宅を物色し郵便預金証書(額面約450万円)と現金1万2000円を奪って遺体を仙台市内の山林に遺棄した。

阿部さんは年金生活であったが、元国鉄(現JR)北海道支社福社長だった。定年後、仙台市で余生を過ごしていたが地元では資産家として知られていた。

−心神喪失で公判停止−
逮捕後の堀江は阿部さん夫婦の殺害を認めたが、計画的な犯行であることは否認した。昭和63年9月12日仙台地裁は「凶器の鉄棒を持って何回も阿部さん宅を訪れて犯行の機会を狙っていた」として計画的犯行と断定。堀江に死刑を言い渡した。

これに対して堀江は控訴したが、平成3年3月29日仙台高裁は一審を支持して堀江の控訴を棄却した。これを不服として堀江は上告したが、同年4月頃から拘禁による精神疾患が疑われ精神鑑定を行った。その結果、平成5年に心神喪失状態にあると鑑定され公判が停止した。

公判は約5年間停止したが、最高裁は平成9年と15年の2回にわたって精神鑑定を実施。その結果、「訴訟能力はある」として公判が再開された。平成17年9月26日最高裁は「被告の完全な責任能力を認めた二審判決は正当。犯行は冷酷、非情、残虐で死刑はやむを得ない」として堀江の上告を棄却し死刑が確定した。

上告から15年間目の判決で、現在最高裁で審理中の刑事裁判では最も古い事件だった。


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