ニセ千円札事件(チ−37号事件)


−経緯−
昭和36年12月7日、秋田県下でニセの千円札が発見された。その後、このニセ札は全国各地に現れた。警視庁が<チ−37号>と名づけたこのニセ札は、発見されるたびに紙幣番号を変えるという巧妙な手口であった。また新聞などによる記事で、ニセ札の欠点を指摘するとすぐ修正するなどニセ札の精巧な製造技術と迅速な対応が冷静沈着な犯人像を想像させた。警視庁は全力で捜査したが中々進展せず、遂に翌年の9月26日、捜査3課はニセ札発見者に謝礼3000円と発表。11月には有力な情報提供者に1万円から100万円と当時としては破格の懸賞金をつけた。銀行協会でも100万円の懸賞金を発表するなど大規模な捜査にかかわらず、遂に犯人を捕まえることができなかった。

−その後−
結局、貨幣の信頼維持のため聖徳太子から伊藤博文の新千円札に切りかえることとなった。この頃に<チ−37号>も姿を見せなくなったが、この2年間で発見されたニセ千円札は343枚。捜査した警察官2500人、捜査費用5000万円を費やした。

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偽札のコピーを見比べる人たち


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