福岡・飯塚女児2人殺害事件


−経緯−
平成4年2月21日の夕方、福岡県甘木市の国道わきの山林で、前日の20日の朝、登校途中で行方不明になっていた飯塚市在住の小学校1年生・A子ちゃん、B子ちゃん(共に当時7歳)の2人が遺体で発見された。2人は首を絞められ、顔には殴打された跡もあり付近には血痕が残されていた。警察は、遺体や現場検証の状況から殺人事件とみて捜査を始めた。

警察は、この段階で早くも1人の男を注目した。久間三千年(当時54歳)である。本事件から4年前の昭和63年12月4日午前7時30分頃、同じ飯塚市の小学校1年生のC子ちゃん(当時7歳)が、町内の廃品回収作業の手伝いを終えて公園で友達と遊んだ後、午前10時頃に久間の自宅で遊んでいるのを近所の人が目撃したのを最期に行方不明となった事件があった。

警察は、久間が事件に何らかの関与があるとみて捜査したが、決定的な証拠を得ることができず事件の解決はできなかった。その事件と本件の被害者は共に飯塚市の小学校1年生の女児であること、その他の類似点からみて久間が捜査線上に浮上したのは無理もなかった。

そこで、警察は久間を中心に付近の聞き込み捜査を行った。すると、「遺体遺棄現場で紺色のワンボックス車を見た」との目撃情報を得た。当時、久間も紺色のワンボックス車に乗っていため、警察の捜査は勢いづいた。

3月末になって警察は、久間に任意で提出させた毛髪と現場に残されていた体液のDNAを鑑定した。依頼された警察庁科学捜査班は「ほぼ一致」するとの結果をだした。ところが、第三者に委託した大学の研究室では「毛髪と体液が一致する確立が低い」との結果が出て断定はできなかった。

平成6年2月になって、久間のワンボックス車を鑑定した結果がでた。それによると、女児の衣服に付着していた繊維とワンボックス車のシートの繊維が一致。しかも、シートに残されていた微量の血痕が女児の血液型と一致したというものだった。この鑑定結果が決め手となり警察は同年9月29日に久間を殺人及び遺体遺棄の容疑で逮捕した。

−死刑判決と冤罪の声−
逮捕された久間は終始一貫、犯行を否認し無罪を主張した。警察は、久間から自供を得られないことに苛立ち始めた。すると不思議なことが起こった。久間の逮捕後に、昭和63年に行方不明になったC子ちゃんのジャンバーとトレーナーが飯塚市の山道で発見されたのだ。

再捜索開始後わずか25分でこの遺留品を発見したのだが、この衣服は6年前に捨てられたとは思えないほど傷みは少なかったという。このため、「警察が久間を小学生女児連続殺人犯に仕立て上げるための演出ではないのか」と指摘するマスコミも一部にはあった。

公判は1審の福岡地裁は久間に死刑判決。これを不服とした久間は控訴したが2審の福岡高裁は控訴を棄却。平成18年9月8日最高裁は「DNA鑑定結果などから被告の犯行だと認定できる」とした上で、「性的欲望を遂げようとした卑劣な犯行。抵抗する力の弱い女児の首を締め付けて窒息死させた態様も冷酷かつ非情」と述べて1、2審を支持。久間の上告を棄却して死刑が確定した。

平成20年10月28日、福岡拘置所で死刑執行。享年70歳。


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