中村橋派出所・警察官殺害事件


-経緯-
平成元年5月16日未明、元陸上自衛隊員の柴嵜正一(当時20歳)は、警官の拳銃を強奪しようと東京都練馬区の中村橋派出所に向かった。外から派出所内を見るとA巡査(当時30歳)一人が勤務していた。柴嵜は、隠し持っていたサバイバルナイフを取り出してA巡査に襲い掛かった。2人は取っ組み合いになったが、その騒ぎを聞きつけて宿直室にいたB巡査部長(当時35歳)が取っ組み合いに加わった。だが、鋭利なサバイバルナイフを持った柴嵜は2人の警官を刺殺し、拳銃を奪って逃走した。

警視庁は、2人の警察官が派出所内で殺害されたことに衝撃を覚えた。早速、捜査本部が設置され付近の聞き込み捜査や死亡した警察官の剖検、現場検証などを行った。現場付近は、西武池袋沿線で密集した住宅街。繁華街の池袋に近いこともあり地元住民以外の出入も多く、聞き込み捜査は難航した。さらに、犯人から゛警察官殺害を祝す゛犯行声明が送られてきたため、地元住民には不安が募った。

数日後、捜査本部は犯行当時に現場をウロついていた不審者の目撃情報を得た。その結果、容姿・人相が酷似している柴嵜が捜査線上に浮上した。6月8日になって自宅アパートにいた柴嵜を、強盗殺人、銃刀法所持違反等の疑いで逮捕した。

−犯行動機−
取調べの中で、柴嵜は「大型バイクのローン返済に困窮。そこで、銀行強盗を計画したが、そのためには拳銃がいると思い派出所を襲撃した」と供述した。当初、犯行声明を送りつけるなど犯人の挑戦的な行為に対して、警察に対する怨恨説や左翼系の過激派などの犯行かと臆されていただけに、柴嵜の犯行動機は意外だった。

柴嵜は、犯行一ヶ月前に陸上自衛隊を除隊したばかりだった。アパートを借りて一人暮らしを始めた柴嵜は大型バイクを購入した。だがローンを返済するめどが無かった。そこで、安易に金員を得ようと銀行強盗を計画し、その準備のため派出所を襲撃したのだった。

−生い立ちと公判−
柴嵜が9歳の頃、両親が離婚。母親に引き取られたが、内縁の義父が母親に暴力を振るうのを見て育った。成長するにつれ「不幸な生活は貧困が原因」と考えるようになった。この点は、「永山・連続射殺魔事件」の永山則夫死刑囚に似ている。この生活環境が影響したのか、柴嵜は゛感情を表に出すことなく、全てを心にしまって平然としている゛という性格になっていった。

平成3年5月27日東京地裁は、「被告の屈折した考え方は、不幸な境遇に由来し同情を禁じえない」としながらも、2人の警察官を殺害したことは社会的な影響が大きいとして死刑の判決。平成6年2月24日東京高裁は柴嵜の控訴を棄却。平成10年9月17日最高裁は上告を棄却して柴嵜に死刑が確定した。


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