広島・女性4人連続殺人事件


-経緯-
平成8年4月14日午後8時頃、タクシー運転手・日高広明(当時34歳)は広島市の繁華街を流していた。すると呉市の定時制高校1年生のA子さん(当時16歳)がブラブラしているのを見た日高はA子さんに声をかけた。A子さんは、゛援助交際゛の相手を捜していたので、日高の誘いを快諾し2万円で゛商談゛が成立した。

早速、日高はA子さんを自分のタクシーに乗せてラブホテルに急行した。ホテルに入るとA子さんは、「父親の借金返済のため大阪から働きにきた」と言って涙を流した。同情した日高は、2万円を渡したものの、゛関係するには忍びない゛と二人でホテルを出ることにした。だが、徐々にA子さんに騙されたことに気づき始めると、2万円が惜しくなってきた。と同時に、翌月のサラ金への返済が頭をよぎった。

そこで、日高はA子さんを呉市まで送ると言って人気のない山中へタクシーを走らせた。午後10時50分頃、車の調子がおかしいと言って車を停めた日高は後部座席に回り、ネクタイでA子さんの首を絞めて殺害した。その後、自分が渡した2万円を含めて5万円を奪い死体を田んぼの側溝に遺棄した。

5月6日になってA子さんの遺体が発見され、警察は殺人事件として捜査を開始した。だがA子さんは゛援助交際゛をしていたため交際関係は広範囲で、また初対面の客が殆どであったため捜査は難航した。これに安心した日高は、借金返済と肉体関係が一度に出来る方法として゛味をしめた゛のだった。

第二の犯行は、8月13日の深夜。スナック勤務のB子さん(当時23歳)に声をかけてホテルに連れ込んだ。肉体関係を済ませると、前回同様に家まで送ると言ってタクシーに乗せたあと、暗闇の山中でB子さんをネクタイで絞殺し所持金を奪った。

第三の犯行は、8月30日午前3時頃、広島区南中区の路上で゛客待ち゛していたC子さん(当時45歳)に声をかけて同様に関係した後、絞殺して所持金を奪った。この頃になると、広島の繁華街に恐怖と戦慄が走った。飲食店で勤める女性達は、閉店後集団で帰宅するなど防衛策を講じる一方、客が繁華街をうろつかなくなるという最悪の状態になった。

そんな中、第四の犯行が行われた。9月14日午前0時頃、日高はD子さん(当時32歳)に声をかけた。相場の2万円の倍の4万円を支払うと言われたD子さんは快諾しホテルに入った。その後、日高はD子さんを絞殺して広島県湯来町の道路わきに死体を遺棄した。

−逮捕−
ついに日高に足がついた。D子さん殺人事件で捜査していた広島県警は、D子さんが殺害される数時間前に日高のタクシーに乗車していることろを目撃していた通行人の証言を得たのっだった。このため、捜査本部は、日高が勤務ししているタクシー会社に急行し4人が殺害された時刻の運行状況を確認した。その結果、日高の犯行であると断定し行方を追った。9月21日、日高は潜伏先の山口県防府市内で発見され逮捕された。取調べで、日高は犯行を素直に認めて供述通りにB子さん、C子さんの遺体が発見された。

−生い立ち−
日高は、昭和37年に宮崎県宮崎市で出生。実家は、地元では有名な資産家だった。中学、高校と常に成績はトップで、大学は筑波大学は間違いなしと言われて受験したが不合格だった。そこで、福岡の私立大学に入学したが、筑波大学受験の失敗がトラウマとなり酒や女、ギャンブルにのめり込み中退した。

平成元年4月、叔父を頼りに広島に出てタクシー運転手になった。だが、相変わらず酒、女には目がなくサラ金で借金してまで放蕩を続けた。犯行時には350万円以上の借金があり、月々の返済額は10万円以上になった。一方、日高の手取りは約30万円で、病弱な妻の入院費の支払いも困窮していた状態だった。

−死刑確定−
広島地裁で、 日高は犯行の動機として、「@借金返済のため金が欲しかったこと、A人を殺すこと自体が刺激になり快楽を覚えた」と証言したことから、マスコミは゛快楽殺人゛と報道した。
平成12年2月9日広島地裁は日高に死刑を言い渡した。日高は控訴せず同年2月24日に死刑が確定した。

平成18年12月25日死刑執行(享年44歳)。


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