名古屋・保険金替え玉殺人事件


−経緯−
平成12年6月15日午前2時頃、愛知県弥富町の名古屋港の路上で駐車中のコンテナ車に小型トラックが衝突した。この事故で助手席に乗っていた男が外傷性ショックで死亡した。

警察が現場に駆けつけ、小型トラックの後部座席に乗っていて軽傷ですんだ中学3年生のA少年(当時14歳)から事情を聴取した。それによると、死んだ男は蟹江町の建築金物工事会社社長・長谷川清(当時53歳)で、運転していたのは社長の知人で外国人だった。だが、その外国人は事故後逃走したと供述した。

長谷川は、近所で登校拒否やひきこもりの子供達の面倒を見るのが好きで、自宅にはいつも数人の少年達が出入りしていた。A少年もその内の1人で、日頃から長谷川を慕っていた。

県警と蟹江署は、ひき逃げと業務上過失致死容疑で捜査を始めた。一方、長谷川の妻は死んだ男の顔を確認した結果、夫であることを認めたため遺体の引渡しを行った。妻は後日、葬儀と火葬を済ませた。

−疑惑−
長谷川の葬儀は済んだものの警察は不審を抱いた。まず、事故現場の検証で@ブレーキ跡が無い事、A運転していたという外国人の存在がつかめない事、BA少年の供述が曖昧であること。

そこで、警察は長谷川の身辺を徹底的に調査した。その結果、長谷川は自分の経営する会社の資金繰りに困っており約8000万円の負債があることが判明。さらに生命・自動車保険など約9000万円の保険に加入していることや、長谷川の知人で橋本敏幸さん(仮名、当時52歳)が事故直後から行方不明であることが判った。

橋本さんは、長谷川と同じ昭和22年生まれ、背丈も同じで顔も似通っていた。このため、長谷川の妻や葬儀に参列していた人達も人違いだとは気付かなかった。

警察は、事故直後に撮影した死体写真を照合すると、長谷川にあるはずの小豆大のホクロが無かった。このため警察はA少年に対して厳しく追及した結果、死んだ男は別人で長谷川は生きていると供述した。

警察は、長谷川を全国に指名手配して行方を追った。事故から2週間後の6月26日、長野県更級郡(さらしなぐん)上山田村の知人のアパートで潜伏していた長谷川を逮捕した。

長谷川は、容疑を概ね認めて「借金返済のため、橋本さんをトラックに乗せて名古屋港へ向かった。途中焼酎を飲ませて泥酔させて駐車中のコンテナ車に衝突させた」と供述した。また保険金を得てからタイに逃亡する計画だったことも明らかになった。この事件でA少年も殺人幇助で逮捕された。

逮捕から2日後の同月28日午前2時30分、長谷川は収監先の蟹江警察署の房内トイレで首をくくって自殺。死亡が確認された。


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