銀座の女王バラバラ殺人事件


−経緯−
昭和42年11月16日、警視庁中野署は自称芸能マネージャの伊東和義こと韓和義(仮名、当時23歳)を殺人容疑で逮捕した。逮捕のきっかけは、同日の午後、中野区でスナックを経営している男から中野署に「同居している歌手志望の少年が、死体遺棄を手伝ったと言っている」との通報だった。

中野署は早速、この少年(当時19歳)から事情を聴取した。それによると、以下のような内容だった。

【11月3日の夜、少年は赤坂のマンションに住んでいる伊東を訪ねた。歌手志望の少年は芸能関係のことを伊東から色々と教えてもらっていた。世間話をしているうちに伊東から銚子へドライブに行こうと誘われた。

ドライブの帰途、伊東が「叔母が可愛がっていた犬を誤って猟銃で死なせてしまった。バレるとヤバいのでバラバラにしてきたので見張りをしてくれ」と頼まれた。伊東は車のトランクから数個の包を取り出して付近の草むらや沼地に捨てた。

2人は伊東のマンションに戻った。少年は部屋を注意深く見ると絨毯やソファに血痕があること、犬の死体にしては包が大きく量があったことなどから、人間の死体ではなかったかと疑問に思った。そこで、勤務先のスナック経営者に相談したとのことであった】。

中野署が少年の事情聴取を基に伊東を厳しく追及したところ、遺棄したのはクラブのマダムで「銀座の女王」と呼ばれた山崎美智代さん(当時28歳)のバラバラ死体であったことを自供した。

−銀座の女王−
山崎美智代さんは、北海道江別市で出生。抜群の美人で頭の回転も速かった。昭和35年に上京して銀座や赤坂の一流クラブで働いた。彼女の美貌や聡明な会話、接客はたちまち評判となり政財界の重鎮や芸能界などの社長が指名するようになった。

超一流となった彼女は、昭和41年11月に力道山など著名人がよく来る一流クラブ・ラテンクォータから、支度金500万円(現在の5000万円か)で銀座のクラブ・ブラックタイのマダムに雇われた。殺される1ヶ月前には赤坂のパレスマンションにレストラン・ローヤルパレスを開店するなど彼女の華麗でゴージャスな生き方は、いつも週刊誌やテレビで話題となった。

−動機−
伊東の父親は韓国人、母親が日本人で昭和37年、福島県内の高校を卒業して上京。浅草の食品問屋の住込み店員となったが、昭和41年に店を辞めている。

伊東は口が上手く、派手好み。ハッタリが強く、芸能マネージャとか金融業だと言っては銀座や赤坂の一流クラブへ出入りしていた。山崎美智子さんとの出会いは彼女がラテンクォータのホステスをしていた頃。

彼女は「銀座の女王」と呼ばれていたが、実際は資金繰りが苦しく台所は火の車だった。さらに彼女に追い討ちをかけたのが、以前共同経営していたバーの経営権でトラブルが起り、共同経営者に毎月60万円を支払うことになったことだった。

そこで、彼女は伊東から100万円の融資を受けた。

伊東の供述では、同年9月に100万円を貸したが、約束の10月末に返済が無かった。それどころか、更に250万円の融資依頼をしてきたので拒否した。すると彼女は「朝鮮人のくせに」と罵倒した。この一言で頭が真っ白になりボーリングのピンで殴り殺したということだった。

だが、この供述は虚偽であった。供述後、警察が裏付け調査した結果、伊東が彼女に金を融資した際、額面合計302万円の約束手形を受け取った。伊東は、この手形を無くしたと偽って彼女に手形の再発行を要請して倍の金額を手にようと計画した。だが彼女は、伊東の行為を見抜き罵倒した。これが、きっかけとなり彼女を殺害。死体をバラバラに切断して遺棄したのだった。


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