チリ地震大津波災害


−経緯−
昭和35年5月24日午前3時から5時にかけて北海道から九州に至る太平洋側の広い範囲で大規模な津波が押し寄せた。この結果、死者119人、行方不明20人、負傷者872人をだし、家屋全半壊3754棟、家屋流失1259棟、船舶被害2273隻という未曾有の津波災害となった。

この大津波の原因は、前日の午前4時11分頃(日本時間)、南米チリ中部沖で発生したマグニチュード8.5の地震によるもの。チリから日本まで1万8000キロメートル。津波はジェット機に相当する時速750キロメートルという猛烈な速度で、わずか1日で日本に到達した。

この大津波は最大で高さ10メートル、岩手県の大船渡市や宮古町が全域水浸しになるなど北海道から三陸沖にかけてと和歌山、三重、高知、徳島の太平洋沿岸は特に深刻な被害を負った。

−情報を軽視した気象庁−
気象庁は、津波に関する情報をハワイから入手したが、これを軽視。津波の第一波が日本の沿岸を襲ってから警報を発令する始末で、その対応のまずさに非難が集中した。

南米チリで地震が発生して間もなく、ハワイ観測所の観測結果が米国沿岸測地局に伝えられ、日本の気象庁にも「ハワイでは23日午後7時頃(日本時間)、被害が伴う津波が起る可能性がある」と連絡が入った。同日午後7時頃、同局からさらに詳細情報が気象庁にもたらされた。それによると「チリにおける激震は太平洋全域に広がる津波を引き起こした。ハワイには間もなく到達する見込みで、この被害が他の地域の被害の目安になるだろう」というものだった。

この情報を気象庁の宿直は、゛遥かかなたで発生した地震による津波゛という程度で理解した。このため、予報警報を発令する権限がある予報官宅に連絡しなかった。この結果、津波の第一波が日本の太平洋側の沿岸に達し各地から被害の報告が入った後の24日午前5過ぎに津波警報を発令するという事態になった。気象庁が迅速に対応していれば、もう少し被害を抑えることが出来たのではないかと悔やむ声が高まった。

地図
地図素材は「白い地図工房」より


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