インストラクター・バラバラ殺人事件


−経緯−
平成11年7月15日午前6時頃、神奈川県箱根町の箱根峠・展望駐車場付近で2、30代と見られる女性の焼け焦げた胴体が発見された。遺体は頭部と両手両足が付け根から切断されていた。犯人はガソリンをかけて火をつけたと推定され、傍にはガスボンベが残されていた。

同月26日には、名古屋港岸壁付近で女性の右腕が発見された。血液型などから箱根で発見された女性の腕であることが断定され、警察は愛知県警と神奈川県警の合同捜査本部を設置した。

合同捜査本部は、この女性の身元を全力で捜査した結果、7月9日から行方不明になっていた岐阜県墨俣町(すのまたまち)のスポーツインストラクターでA子さん(当時26歳)であることが判明した。犯人は、A子さん殺害後、生存偽装工作のためA子さんの携帯から知人へメールを発信したり電話をかけていた。

捜査本部は早速、A子さんの身辺調査を開始した結果、A子さんと親密な関係だった名城大学4年生・石黒博之(当時22歳)が浮上してきた。石黒は重量挙げの選手で、A子さんとは同じスポーツ関係者として交際が始まった。だが、前年、石黒がA子さんに暴力を振るったことが原因で交際は破局していたものと思われていた。

だが、その後、再び交際するようになり7月9日、墨俣の自宅を出る時、母親に名古屋の友人のところへ行くと言い残していた。その友人が石黒であると見た捜査本部はA子さんの足取りを徹底的に調査した。

その結果、A子さんは9日の午後、石黒の家族が経営する名古屋市西区の飲食店に立ち寄っていたことが判明。更に箱根の現場に残されていたガスボンベは、石黒ら大学生の一行が北海道の合宿中に購入したものと同型であることも判明した。

−父親の自殺−
9月11日、石黒の父親が自宅で自殺した。この頃、マスコミが連日、石黒宅へ押しかけ取材合戦をしていた。この心労なのか、それとも息子の犯行を知ったためか原因は不明。

同月24日、捜査本部はA子さんが最後に立ち寄った飲食店を捜索した。この飲食店は1階が店舗、2階が住居になっているが、その2階でルミノール反応が検出され、A子さんと同じO型と断定された。

同月29日、捜査本部は石黒を死体遺棄と死体損壊の容疑で逮捕した。だが、石黒は罪状を否認したまま黙秘した。10月20日、捜査本部は罪状否認のまま石黒を殺人容疑で再逮捕した。同日、横浜地検は死体遺棄と死体損壊の罪で起訴した。起訴状によると、石黒は7月10日午前0時頃、妊娠していたA子さんとの別れ話がこじれたため、窒息死させ遺体を包丁やのこぎりで切断し遺棄したとしている。

10月23日、捜査本部は飲食店から採取された血液のDNAはA子さんのものと一致したと発表した。石黒は、これ以上黙秘を続けるのは不利だと覚ったらしく、A子さんの殺害を認めだした。だが、殺意は無かったと主張。動機は、A子さんから結婚を迫られ、言い争いになり、気付いたら殺していたと述べた。

同月27日、石黒は、頭部と両足の遺棄場所を白状した。捜査本部は供述通り、愛知県飛鳥村の飛鳥大橋下流の河口で頭部が入った黒カバンを発見した。

平成12年9月5日、横浜地裁は、石黒に対して懲役14年(求刑18年)を言い渡した。


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