浅沼委員長刺殺事件


−経緯−
昭和35年10月12日、東京の日比谷公会堂で野党第一党の社会党委員長・浅沼稲次郎が右翼の少年に刺され死亡した。この少年は全アジア青年反共連盟員の17才の少年Yで、丸の内警察署に留置された。
与党である自民党も「社会党の委員長を白昼堂々と暗殺を許して良いのか」という議論がでて、山崎巌国家公安委員長が「高度の政治責任」をとって辞任した。

11月20日は総選挙であったため、社会党の浅沼委員長への同情票が期待されたが、自民党296議席、社会党145議席で、社会党の惨敗であった。

−犯人−
Yは、11月2日夜、東京少年鑑別所の単独房でスキをついて首つり自殺した。この日の午後、警視庁から移動したばかりであった。少年Yの自殺により、彼を暗殺者に仕立てた背後の関係が完全に闇に葬られた。現在も全容は解明されていない。

画像
壇上で刺す少年


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