姫路・専務一家殺害事件


−経緯−
昭和50年4月3日午前1時過ぎ、兵庫県姫路市東雲のフカヤ電機株式会社・専務取締役の深谷保彦さん(当時38歳)の自宅に何者かが侵入し、深谷さん、妻(当時36歳)、長女(当時10歳)、三女(当時4歳)の4人にハンマーで次々に襲いかかった。

難を逃れた深谷さんの次女(当時8歳)は、学校の友人がいる近所のAさん(当時37歳)宅の戸を激しく叩いた。Aさんが玄関の戸を開けると、次女が「助けて。お父ちゃんとお姉ちゃんが男の人にハンマーで殴られているんや」と叫んだ。

Aさんは警察に連絡する一方、深谷宅に急行した。深谷宅に入ると奥の寝室で4人が頭から血を流して倒れていた。救急車で病院に搬送されたが、長女と三女は間もなく死亡。深谷さんと妻は重傷を負った。

姫路署は、付近一帯に非常線を張る一方、次女から事情聴取した。それによると、犯人は覆面をしていて、親父はおれへんやないか、と2回言ってからハンマーで次々に襲ったということだった。また、現場付近からハンマーが見つかり、被害者の創痕と一致したため凶器と確定したが、指紋は検出できなかった。

警察は、荒らされた形跡が殆ど見当たらないこと、物取りにしてはハンマーで殴るなど手口が残虐すぎることから怨恨の線が強いと見て捜査を開始した。

−単純な動機−
警察は、深谷専務の身辺調査をした結果、前年12月末に採用した21歳の青年が深谷専務に厳しく叱責され、その日のうちに辞めていたことがわかった。このため、青年を召喚し追及したが、間もなくアリバイが成立してシロとなった。

犯人検挙に焦る警察は、様々な角度から捜査を続けたが結局有力な手掛かりは掴めなかった。この状況に活路を見出したのは地道な活動を続けていた鑑識班だった。犯行現場の不鮮明な遺留指紋の中から、北九州出身の川中鉄夫(当時33歳)の指紋を発見したからだ。川中は、昭和48年からの2年間で、強盗16件を繰り返し、すでに1人を殺害して逃亡している凶悪犯だった。

間もなく川中は逮捕され、深谷さん一家への強盗殺人を認めた。動機は、怨恨であるはずがなく、ただの通りすがりの強盗で、わずか8000円を奪う為の強盗殺人であった。昭和59年9月13日、最高裁は川中の上告を棄却し死刑が確定した。平成5年3月26日、死刑執行。


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