横浜ホームレス殺人事件


−経緯−
昭和58年2月10日の早朝、横浜市中区の松影公園でホームレスのAさん(当時43歳)が頭から血を流して死んでいるのを通行人が発見し警察に通報した。警察は、現場検証をするとともに、付近の聞き込みを開始した。その結果、複数の目撃証言から非行少年グループがAさんをリンチしたことが判明。このため少年グループの犯行につながる手掛かりを捜索した。

2月12日、捜査本部は横浜市内の中学生を含む10人を傷害致死の疑いで逮捕した。きっかけは、少年の親からの通報だった。
犯人グループの中学生の1人がガールフレンドに「風太郎狩りは面白い、金はかからないし、スカッとする。先日も1人、ぶっ殺してやった」と得意げに話した。話を聞いて怖くなった少女は、母親に相談し、その母親が少年の両親に連絡したため犯行が明るみになった。

この非行少年グループは横浜市、川崎市の中学生5人と定時制高校生1名、無職の少年4人の10人で、ゲームセンターで顔見知りになった。徒党を組んでイキがっていたのだが、そのうちグループの1人が退屈しのぎに「風太郎狩」をやろうと提案。全員が賛成し、ホームレスが寝泊りしている公園を物色しだした。

彼等はホームレスを見つけると、寝込みを襲い、石垣の上から飛び降りたり、殴る蹴るの暴行を働いた。やがてホームレスが動かなくと小便を掛けて笑いながら退散した。

−残忍−
同年2月5日の夜、横浜スタジアム付近で寝ていたホームレス9人を次々に襲い暴行を加えた。「もう少しやらねえと、もの足りねえ」と1人が言い出すと全員が歓声をあげて山下公園へ向かった。

山下公園で寝ていたホームレスBさん(当時60歳)は、寝ているところを突然少年グループに襲われた。少年達はBさんに殴る蹴るの暴行を加えて、ゴミ籠に放り込み、さらに籠を引き回したり、石や空瓶をぶつけたりした。

通行人が倒れているBさんを発見し警察に通報したが、Bさんは肋骨4本の骨折、内臓破裂の重傷で7日午前5時に死亡した。この殺人に続いて5日後の10日にAさんが犠牲になった。

少年達は、警察の取調べで「浮浪者は抵抗もしないし、追いかけるのはスリルがあって面白かった。喧嘩の練習にもなったし、汚い奴等がいなくなれば、街がきれいになっていいと思った」と供述した。

捜査本部は、Aさん殺害事件と少年達の犯行を結びつけることができず、Bさん殺害事件だけで起訴した。横浜家裁は、9人を少年院に、1人を救護院へ送致することを決定した。


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