福岡・女性3人連続殺人事件


−経緯−
昭和37年3月29日、福岡県小倉市(現、北九州市)郊外の田園地帯の山林で、若い女性の全裸死体が発見された。通報を受けて駆けつけた小倉署員が検証したが、遺体は少なくとも1ヶ月以上も経過しており一部は白骨化していた。このため外見からの身元識別は不可能だった。

だが、警察は歯の治療痕に注目。歯型を取って小倉市の歯科医院を片っ端から当った。その結果、現場から4キロ離れた農家のA子さん(当時20歳)であることが判明した。A子さんは、名古屋市の商店に勤務していたが今年になって帰省中だった。1月23日午前9時に名古屋へ帰る切符を買いに出たまま家に戻らなかったため、家族はそのまま名古屋に向かったものと思っていた。

警察は、A子さんが以前勤めていた会社を訪ねた。すると1月23日の昼頃、自家用車に乗って立ち寄っていたことが判明した。この自家用車を運転していた男が犯人と見て、この男の行方を追った。

同年4月16日、大分県との県境にある福岡県山田市内の山林で若い女性の全裸死体が発見された。A子さん殺害事件と酷似しているため、犯人は同一人物とみて小倉署は捜査員を山田署に派遣し合同捜査を開始した。

その結果、現場付近から女性の物と思われるハンドバッグを発見した。中には、長崎市にあるキャバレーの名刺があった。早速、刑事は長崎に出向きキャバレーを訪問した。キャバレーの従業員の聞き込みから、この女性は福岡県出身のB子さん(当時20歳)であることが判明した。さらに、B子さんのアパートを捜索したところ、3月20日頃から行方不明になっていた。

B子さんは、保守政党の長崎県連幹部の愛人だった。早速、警察は、この県連幹部宅に出向いたところ、選挙違反で服役中だった。だが、ここで重要な証言を得ることになった。それは、この県連幹部の夫人の証言だった。

3月10日頃、ベレー帽を被った紳士が訪ねてきた。坂野三雄と名乗った男は、自分は県連の顧問をしているがご主人の釈放運動に協力したいと言った。すっかり信用した夫人は、更に夫には愛人がいて困っていると愚痴をもらした。すると、ベレー帽の男は、愛人とも別れるようにしてあげると言い、その愛人の住所・氏名を聞いた。夫人は詳しく教えて当座の費用として相応の金を渡した。

−第三の犯行−
警察は、坂野三雄(当時46歳)が犯人と断定した。坂野は、詐欺、横領、婦女暴行傷害容疑で、現在、長崎、佐賀の両県警から全国指名手配中であることが判明した。

同年4月25日夕方、佐賀県伊万里市郊外の山林で、若い主婦が襲われた。主婦はやっと逃げたし警察に通報した。駆けつけた警察に主婦は、犯人はベレー帽を被った中年男だと証言したため、坂野の犯行と断定し大掛かりな山狩りを開始した。

翌26日午後4時過ぎ、祠の床下に隠れていた坂野を発見し逮捕した。坂野は伊万里署に連行されてからも暴れて、手錠をかけられた両手で灰皿を投げるなど抵抗の限りを尽くした。

坂野は、1月23日、小倉市郊外でA子さんに声をかけて車に乗せて関係を持った。その後、A子さんが立て替えたガソリン代500円の返済を迫ったため逆上して絞殺した。3月28日、B子さんに選挙違反でお前も逮捕されるぞと脅し、俺が逃がしてあげると言って現金、貴金属を持たせて車に乗せて、強姦後に絞殺した。また、昭和31年6月の佐世保市のホステスC子さん(当時21歳)の殺害も自分の犯行であることを自供した。

坂野は、3つの殺人罪で昭和41年12月死刑が確定した。


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