当りや一家事件


−経緯−
昭和41年9月3日、大阪府警は指名手配中の「当りや一家」の中本岩夫(仮名・当時44歳)を大阪府西成区の文化住宅に居たところを逮捕した。刑事が部屋に飛び込んだ際、殴りかかる中本と母親の腕で泣きじゃくる3歳の次男、10歳の長男はただ唖然と見つめていた。その長男の右ひじには青あざ、左膝は外傷性関節炎を起こしていた。

中本は、今年のはじめ長男が交通事故に遭い示談金3万円を手にした。その事が中本夫婦を狂わせた。この家族は場所を転々と変え車に飛び込み示談金を手にしていた。当初は、妻が当りやになっていたが、4月になって中本が長男に「明日からお前がやれ」と指示し、旅館の柱に向かってぶつかる練習をさせた。

4月17日、須崎市で後ろから来た軽自動車に母親が長男の背中を突いて「きた、きた」と小声で命令。長男は夢中で軽自動車に飛び込んだ。この時、力が入りすぎ右肩を打撲して全治1ヶ月間の重傷を負った。

中本は手口をエスカレートさせ、子供にビタミン剤の注射をして内出血させ打撲傷に見せかけ、演技も本格的になっていった。車に当ると救急車は呼ばせず、大病院を避けて町の接骨院や診療所に運ばせ、運転者には医師と面会させず、妻が怪我の程度を伝えた。中本は運転者に警察の処分の話をして脅し文句で示談を成立させ金を手にすると次の町へ行くということを繰り返した。

―被害総額314万円―
中本一家は、4月から6月にかけて北海道から鹿児島まで36都道府県で騙し取った示談金は91件、314万円。被害者が事故の当事者で警察からの事情聴取などを避け、届け出を渋ったため捜査が遅れた。逮捕後の長男は「当りやをやれと言われた時、いやだと言ったけど練習させられた。当った時は痛くて泣いた」と供述した。


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