静岡県上野村・村八分事件


−経緯−
昭和27年5月6日、静岡県の参議院補欠選挙で同県富士郡上野村(現、富士宮市)が組織的な替え玉投票を実施した。これを知った、同村に住む県立富士宮高校2年生・石川皐月さん(当時17歳)が朝日新聞静岡支局に告発し不正選挙事件が明るみになった。

上野村は富士山麓に抱かれた自然豊かな場所にある。 この村では、昔からの慣習で村の役員が選挙の投票取り纏めを行ってきた。選挙当日の5月6日、同村のA部落では数戸単位の役員(隣組)である組長が「棄権するのなら代わりに投票してきます」と半ば強制的に投票券を回収した。また、B部落でも「棄権するのなら組長宅まで投票券を持ってきてください」と記載した文書を回覧していた。

役員達は、回収した投票券で何回も投票していた。即ち同一人物が公然と、替え玉投票をしていたのだが村役場や選挙管理者も、この不正を黙認していた。また、村人達も何ら疑問を抱いていなかったことは言うまでもない。

だが、この慣習に怒りを覚えた村人がいた。それがA部落に住む石川さんだったのである。彼女は、二年前の参議院選挙でも同様の不正を知った。当時中学3年生だった彼女は「上野中学新聞」に不正選挙を告発する内容を記載した。だが、この時は学校側が全生徒から新聞を回収し、焼却したのであった。

選挙当日の夜、石川さんは「このままにしておいたら、一体どうなるのだろうか」と悩んだ末、選挙違反の直接の中心人物は、役場そのものだから告発しても握りつぶされると考え、朝日新聞に告発したのだった。

−村八分−
この告発を受けて朝日新聞は早速調査に乗り出した。その結果、不正が明確となり数日後、新聞に「替え玉投票」の記事を掲載した。一方、警察はこれを受けて村の関係者数十人に出頭を命じ事情聴取した。

これで、事件は解決したかに見えた。ところが事態は思わぬ方向へ発展していった。むしろ、この事が上野村を全国的に知れ渡るように押し上げてしまった。

選挙後、石川さんは主婦から路上で「あんただってねぇ、選挙違反を投書したのは。今日何十人も警察に呼ばれたんだけど、皆まだ帰らないから、帰ったら皆でお礼に行くそうだから・・・」、「あんたも学生なんだから、他人を罪におとして喜んでいることが、良いことか悪いことかくらいはわかるでしょう。自分の住んでいる村の恥をかかせてさ・・・」などと言われ、村の村八分(虐め)が始まった。

GHQのマッカーサ元帥が米国に凱旋後、「日本人のレベルは小学生並」と発言したことが物議を投げかけたが、なるほどマ元帥の言質は的を得ていたのかもしれない。

石川家に対する村八分は、田植えの時期でも近所からの手伝いは無し。挨拶もしてもらえなくなった。彼女の妹は学校で同級生らに「スパイ」、「赤だ(共産主義)」と虐められた。このことが、朝日新聞の全国版に掲載され世論の注目することとなり上野村は一気に全国に知れ渡るようになった。

だが、石川さんは「不正を黙っているのが村を愛する道でしょうか」と嘆き、彼女の高校の教諭は「正しいことは押し通すべきと教えながら、現実の社会悪に対してはまったく無力です」と悩んだという。


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