千葉・古井戸殺人事件


−経緯−

昭和34年10月4日、千葉県君津郡福来田町(現、木更津市)の林にタケを切り取りにきた農夫が、古井戸から異臭がたちこめているのを不審に思い覗き込んだところ、死体が浮いているのを発見。ただちに警察に通報した。

現場に急行した上総署が現場検証したが、女性であることは判別できるものの腐乱がひどく人相などは確認できなかった。だが、3ヶ月前の7月15日、近所の農家のA子さん(当時23歳)が行方不明となっており捜索願いが届けられていた。その結果、A子さんの母親に死体の確認をさせたところ、間違いなくA子さんであることが判明した。

A子さんは司法解剖に付されたが、その結果死因は絞殺で暴行の痕跡があった。このため、警察は性犯罪の前科がある者や暴力団関係を徹底的に捜査した。やがて聞き込みで、地元の小妻神社の神官の長男で小島悦治(仮名・当時24歳)が捜査線上に浮上してきた。

小島は、神官の長男でありながら非行を繰り返し地元の評判は良くなかった。さらに、古井戸の現場から小妻神社とは地続きであること、A子さんの失踪後、間もなくして小島が家出していること、A子さんの死体に巻きつけていた農協が配布したカマスが小島宅から出てこなかったこと(農協が53世帯に配布。小島宅から回収もしくは確認が出来なかった)などから容疑者として浮上したのだった。

11月7日捜査本部は、小島が犯人と断定し全国指名手配した。その結果、友人の世話で静岡県伊東市の建設会社の飯場に居る事が判明し、刑事が急行して逮捕した。

−非行の神官−
小島は、警察の取り調べで犯行を認めた。それによると、7月15日、小島が遊興費を作るため、資産である山を山林ブローカに売ろうと現地を案内。結局値段が折り合わず商談は不成立だった。その帰り道、夏祭りの餅を親戚に届けて帰宅途中のA子さんと出会った。小島は幼馴染のA子さんに欲情を抱き、強姦絞殺し死体を古井戸に投げ入れたのだった。

小島は昭和10年、代々小妻神社の神官を務める家の長男として生まれた。9歳の時、母親が病死し、その後父親は後妻を迎えた。この頃から小島の非行が始まった。義母との仲はうまくいかず、地元の不良少年達と付き合うようになった。

小島が20歳の時、義母、祖父、父親と相次いで死亡。親族会議で遺産の大半を受け継ぎ神官になった。だが、中卒では困ると親族が国学院大学の聴講生の手続きを斡旋。小島は上京し寮生活に入った。だが、遊び放題だった小島に寮生活の規律が守れるはずも無く、わずか3ヶ月間で辞めて帰京した。

帰京した小島は新妻に殴る蹴るの暴行を繰り返し、ついに新妻は実家に帰ってしまった。非行も益々エスカレートし、夕方になると流行の背広を着て木更津や千葉に出かけては豪遊を繰り返した。

そんな矢先、A子さんとたまたま出会った小島は欲情を抑えることができず犯行に至ったのであった。当時、神官が暴行・殺人をしたというので世間では大きなニュースとして扱われた。


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