広域通り魔強盗殺人事件


−経緯−

昭和33年1月22日午後2時すぎ三重県桑名署は伊勢大橋を愛知県方面へ歩いていた全国指名手配中の土木作業員・桂正義(当時36歳)を強盗傷害容疑で逮捕した。

桂は昭和32年12月17日兵庫県西宮市で主婦(当時23歳)とお手伝い(当時16歳)を刃物で刺殺し現金1万円余りと衣類、腕時計を奪った。翌18日、京都の映画館で風呂敷包の忘れ物に西宮市の強盗殺人事件で被害にあった衣類が発見された。さらに、この風呂敷が兵庫県明石市の農家から盗まれた物と判明、同時に盗まれたカメラが神戸市内の質屋に入質していたことも判明した。

質屋に持ち込んだのは国鉄(現、JR)の保線作業員(当時20歳)で、「同月16日、西塚という男に身分証明がないので、質入してくれと頼まれた。質入後、謝礼を貰った」と供述した。警察は、この作業員の証言から犯人の人相・特徴を指名手配した。

西宮事件から3日後の12月20日、横浜市戸塚区の市役所職員宅に上がりこみ主婦(当時31歳)をナイフで脅し現金3000円を強奪し逃走。21日は同市鶴見区で主婦(当時28歳)から現金1000円を強奪し強姦未遂。1時間後、付近の農家、鉄工所に押入り強盗。

神奈川県警は西宮市の主婦殺人事件と鶴見区の強盗・強姦未遂事件で靴跡が一致したため同一犯人と断定し自称・西塚を全国指名手配した。この制度ができて2回目の指定だった。

−国選弁護士も死刑判決を認める−
自称・西塚こと桂正義は山口県山陽町で出生。父親は土建業を経営し裕福な家庭に育った。だが、幼年から盗癖があり18歳の時、窃盗で懲役10ヶ月に処せられていた。復員後、小学校教師である女性と結婚したが、素行は治らず窃盗・詐欺・強盗を繰り返し前科4犯となった。

だが、妻はいつも温かく接して更生の努力をした。昭和32年7月京都刑務所を出所したが、同房者に「犯罪者の中で自分ほど家庭と妻子に恵まれている者はない。でもどうしても悪心を自制できない」と語った。

警察の取調べで、桂は千葉・神奈川・静岡・愛知・三重・大阪・兵庫・岡山・広島・山口・福岡の1府10県で68件の犯罪を自供。そのうち、35件が起訴された(強盗殺人、強盗傷害、強盗、強姦、強姦致傷、恐喝、窃盗他)。

昭和36年3月に最高裁は桂の上告を棄却し死刑が確定したが、上告審で1審、2審の死刑判決を認める上告趣意書を国選弁護士が提出する異例の展開となった。即ち、桂は弁護の余地のない極悪人とされたのである(20世紀にっぽん殺人事典/福田洋・社会思想社)。


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