自民党・黒い霧事件


−経緯−
昭和41年9月3日、新聞各紙は「自民党の荒船清十郎運輸大臣(現国土交通省)が選挙区の埼玉県深谷駅に急行列車が停まるよう国鉄(現JR東日本)にダイヤ改定をさせた」と暴露した。荒船は同年8月に佐藤内閣で念願の入閣を果たした。選挙区の埼玉県深谷市にお国入りした荒船は絶好調で「皆さんのために、やることはみんなやっちゃうつもりです」と怪気炎。

早速、荒船は10月の国鉄ダイヤ改定に伴い高崎線深谷駅に上下2本の急行列車を停車することを決めてしまった。運輸大臣の地位を利用した地元に対する大サービスだった。このことが新聞で暴露されると世論の批判は荒船と自民党・政府に向けられた。10月11日、この騒動に佐藤総理は荒船運輸相を更迭し事体の収拾を図った。これにより荒船は念願の入閣から僅か2ヶ月で大臣の椅子からズリ落ちた。

−スキャンダルまみれ−
荒船の更迭により事態の収拾を図った自民党に更にスキャンダルが相次いだ。上林山栄吉防衛庁長官が9月2日に大臣就任の歓迎会で地元鹿児島にお国入りした際、自衛隊のYS11型機で帰郷。しかも統幕議長、陸・海・空の3幕僚長を従え、陸上自衛隊の音楽隊を連ねて地元をパレード。同級生や後援者を秘書名目で長官機に同乗させたことなどが発覚し国会で問題になった。

また、松野頼三農相は新婚の娘夫婦と外国観光地巡りを官費旅行として申請し問題になったり田中彰治議員の2億円恐喝事件、山口喜久一郎議員の手形乱発事件など自民党の不祥事が相次いだ。


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