首都圏11人女性殺害事件


−経緯−
昭和49年7月3日千葉県松戸市の信用組合職員・宮田早苗(当時19歳)さんが何者かに暴行、殺害されたのをはじめ、この夏、東京・埼玉・千葉県の首都圏で11人の女性暴行連続殺人が発生した。被害者の大半は20歳前後の若い女性で、9人は暴行焼殺、2人が暴行穴埋めという残忍な犯行だった。

捜査本部は同年9月12日、窃盗容疑で東京足立区清掃作業員の小野悦男(当時38歳)を別件逮捕した。小野は茨城県北浦村で6人兄弟の次男で出生。兄弟はそれぞれ父親が異なる複雑な家庭環境で育った。中学2年で中退してから16歳の時、無免許運転で逮捕されて以来逮捕歴14回。火事場泥棒、窃盗・詐欺など前科8犯で人生の3分の1、13年近くを刑務所で暮らした。

昭和37年に火事場泥棒のついでに若い女性を暴行しようとした容疑で東京・杉並署に取り調べられた経緯があり、その他犯行の手口から小野が捜査線上に浮上してきた。

小野が別件逮捕された後、9月30日取り調べで首都圏連続殺人事件の宮田さん殺人を自供したため再逮捕となった。だが、小野は千葉地裁松戸支部の初公判で起訴事実を全面否認し「自白は半年間におよぶ代用監獄による不当な取り調べで精神的拷問や誘導によるもの」として無罪を主張した。

千葉地裁松戸支部は昭和61年9月5日に「自白に信用性がある」として求刑どおり無期懲役を言い渡した。一審の裁判で11年にわたる審理は異例であった。平成3年4月23日東京高裁は「任意性にも信用性にも多大の疑問がある」として一審判決を破棄し小野に無罪を言い渡し確定した。これにより小野は16年7ヶ月ぶりに釈放された。

無罪判決で法廷内は拍手がわき、小野は涙ぐみながら報道陣のインタビューで「体の不自由な母の世話をしてやりたい」と語った。この事件で小野が犯人として連日報道してきたマスコミ各紙は「おわび」の掲載をして謝罪することとなった。

―足立の首なし女性焼殺事件―
無罪判決から5年後の平成8年4月21日、小野は幼女(当時5歳)への猥褻目的誘拐と殺人未遂で逮捕された。更に取調べで数ヶ月間同居していた宮内良江さん(当時41歳)を殺害しノコギリで頭部を切断、死体を東京都足立区の空き地で燃やした犯行も明るみになった。

平成10年3月27日東京地裁は小野に無期懲役を言い渡した。翌年2月9日東京高裁は控訴棄却で無期懲役が確定した。小野は62歳になっていた。この事件で、「22年前の首都圏連続殺人の犯人は小野だったのではないか」とマスコミは連日報道し、無罪判決した裁判官や弁護士にまで、「殺人鬼を野放しにした責任を取れと」との声も高まった。


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