上池袋・6人焼殺事件


−経緯−
昭和50年3月27日午前3時40分頃、東京都豊島区上池袋1丁目のアパート兼店舗「天山荘」の南西角の物置き場から出火。付近は住宅密集地で路地も狭く消防車が現場まで近付けず、瞬く間にアパートなど6棟が全半焼した。火災は3時間半後の午前7時頃、ようやく鎮火したが、焼け跡から寝たきりの内藤芳蔵さん(当時81歳)と妻のきんさん(当時77歳)ら6人の焼死体が発見された。

巣鴨署と警視庁捜査1課は、火の気の無いところからの出火で放火の疑いもあるとみて捜査を開始した。捜査本部は天山荘の住人を中心に付近の聞き込みを続けたが、やがて新聞配達員・中村銀次郎(仮名・当時52歳)が捜査線上に浮上してきた。

中村は、天山荘の経営者・加藤明さん(当時68歳)の廃品回収業を手伝うかわりに同アパートの2階の部屋を無料で使用させてもらっていた。火災から3日後の聞き込み捜査で中村は「荒川の土手で寝ていた」と供述していたが、その後になって出火直前に現場でうろついていた中村を目撃した人が現れたため、任意同行を求めて中村を厳しく追及した。その結果、5月28日放火殺人容疑で中村を逮捕した。

−動機はコマネズミ−
逮捕された中村は取り調べに対して素直に犯行を認めた。中村は犯行の動機を「加藤さんは仕事を手伝えば3000円やると約束したのに、食べさせてくれるだけで一銭もくれず、馬鹿呼ばわりされたことに腹をたててアパートを放火した」と供述した。

中村はこの年の2月まで埼玉県草加市の椅子製造会社で勤務していたが、手を怪我したことにより失職。以前から知り合いだった加藤さんのアパートに身を寄せたのだった。3月18日に居候を決め込んだ中村は、加藤さんから「空き部屋の取り壊しやその他雑用を言いつけられコマネズミのように働かされた」と被害者の様態を見せたが、この放火で焼け出された75人こそ最大の被害者であった。


ホーム

inserted by FC2 system