米軍機・母子殺傷事件


−経緯−

昭和32年8月2日午後3時頃、米軍水戸補助飛行場の東端から500メートル離れた道路を自転車で走行中の工員・北条清さん(当時24歳)と荷台に乗っていた母親・はるさん(当時63歳)に同飛行場から離陸したジョン・ゴードン中尉(当時27歳)操縦の連絡機が超低空で接近し、母親は尾翼に接触し胴体を真っ二つにされて即死、清さんは腹部内出血の重傷を負った。

米軍側は、異常気温の熱気流により操縦不能となった不可抗力の事故であると発表した。ところが、付近一帯は連日のように米軍の飛行機が超低空で飛行しては住民を驚かせていたことから、本件も悪質ないたずらとみて同月7日、那珂湊市議会は抗議文を提出した。

−日米地位協定の壁−
茨城県警も事態を重く見て同月8日、ゴードン中尉を業務上過失致死と傷害の容疑で水戸地裁に書類送検した。水戸地裁は12日、ゴードン中尉を任意出頭させ取り調べるとともに本格的な捜査を開始した。だが、21日になって公務中の過失と認定し第1次裁判権を放棄し同日付で不起訴処分とした。国側は26日、はるさんの補償額を43万2044円と決め遺族に通知した。

日米地位協定により、国側は米軍に対して極めて低姿勢な立場を取り続け本来守るべき市民を軽視するという事態は現在も続いている。国は同年1月に発生した「ジラード事件」から何も学習をしていなかった。


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