秋山兄弟事件


−経緯−

昭和50年8月25日、元紙工場従業員・秋山芳光(当時46)と実兄は共謀して、知人のプラスチック加工会社経営のAさん(当時47歳)に「密輸貴金属を大蔵省関係機関から払い下げを受けられる」と言葉巧みに千葉県内の実兄宅に誘い出した。

Aさんは、現金1000万円を用意し秋山の実兄宅を訪問。秋山は応接間で週刊誌を読んでいるAさんに背後から近づき、野球バットで頭部を数回殴打して殺害した。秋山兄弟はAさんが持参してきた現金1000万円と背広の内ポケットにあった財布から20万円、合計1020万円の現金を強奪した。

Aさんの死体はAさんの車のトランクに詰め込み、千葉県の宅地造成地内の土中に埋めた。秋山は、Aさん宅に電話したり妻の家計簿を改ざんさせるなど犯行日のアリバイ工作をした。

Aさんの家族は、いつまで経っても帰宅しないことに不安を抱き警察に届けた。千葉県警はAさんの知人関係を捜査したところ、秋山の先妻との間に生まれた長男がAさんの工場で運転手として世話してもらっていることや、行方不明直後にAさん宅に秋山が電話していることなどから事情聴取し犯行が発覚した。

−妻に保険金−
秋山は実兄が経営する紙工場で経理を担当していたが、事業不振で倒産した。この時、多額の負債の整理に困窮し同年3月24日、秋山は実兄と共謀し自分の妻に保険金をかけて交通事故に見せかけて保険金を騙し取ろうと計画した。だが、これは失敗った。その後、自分に保険をかけて実兄に殺害を依頼したが同様に失敗したものの、障害につき60万円の小切手を保険会社から騙し取った。さらに一獲千金を狙いAさんの殺害を計画し犯行に及んだ。

昭和51年12月16日東京地裁は秋山に死刑を言い渡した。昭和55年3月27日東京高裁は秋山の控訴棄却。昭和62年7月17日最高裁は秋山の上告を棄却して死刑が確定した(実兄は従犯と認定され無期懲役が確定)。秋山は主犯は実兄であると主張し更に妻の殺人未遂を否認して再審請求していたが、平成18年12月25日死刑執行(享年77歳)。


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