福山・秦州くん誘拐殺人事件


−経緯−
昭和59年2月13日午後4時頃、広島県福山市の津田暎(当時44歳)は自分がコーチしている少年ソフトボールチームの同市北吉津町の市議・森田泰元さん(当時39歳)の長男・秦州くん(当時9歳)を誘拐した。

津田は下校途中の秦州くんに「明日はバレンタインデーだからチョコレートを買ってやるよ」と巧みに誘い出して車に乗せた。秦州くんも日頃からソフトボールの指導をしてくれるコーチに対して何ら不審を抱くことは無かった。

この頃、津田はサラ金や親・兄弟に1200万円の借金を抱えていた。家族は別としてサラ金業者の取り立ては凄まじいものがあり、津田は追い込まれていた。そこで、子供を誘拐して身代金を得ようと、自分がコーチしているソフトボールチームで父親が市議をしている秦州くんを誘拐することを決意した。

誘拐から1時間が経過、不審を抱きはじめた秦州くんは「早く家に帰りたい」と泣きだした。津田は懸命に秦州くんをなだめたが無駄だった。そこで、津田はネクタイで秦州くんを絞殺し付近の山中に死体を遺棄した。

−殺害後の身代金要求−
津田は秦州くんを殺害してから、父親の森田宅へ8回にわたり電話をかけた。最初の身代金要求電話で15万円の振込みの受け取りに成功した。これに味をしめた津田は更に1000万円の振込みを要求する電話をかけた。一方、森田宅に張り込んでいた警察は父親に長電話することを指示。この電話の逆探知で居場所を特定。電話している津田を身代金目的の誘拐容疑で緊急逮捕した。

昭和60年7月17日広島地裁福山支部は津田に死刑を言い渡した。その後控訴したが棄却、平成3年6月11日最高裁は一審を支持して上告を棄却し津田に死刑が確定した。平成10年11月19日広島拘置所で死刑が執行された(享年58歳)。


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