銀座ママ殺人事件


−経緯−
昭和53年5月24日、銀座のバー経営・石田ヨシ子さん(当時54歳)が絞殺され押入れに入れられているのが家族によって発見された。警視庁は直ちに捜査本部を設置し捜査を開始した。

室内は争った様子は無かったものの従業員への給料支払いのため用意していた現金200万円入りのハンドバックが見当たらなかった。また実印と預金通帳32冊も見当たらなく、犯人は給料日直前で石田方に大金があることを知っている者の犯行と断定した。その結果、石田さんの身辺調査で高知市在住の化粧品販売会社経営の平田光成(当時42歳)と同社従業員の野口悟(当時32歳)が捜査線上に浮上してきた。そこで、警視庁は2人に任意同行を求め事情聴取したところ「5月21日に石田さん方を訪問し口論の末、カッとなり石田さんを絞殺した」と自供したため殺人容疑で逮捕した。

−動機−
平田は経営する化粧品販売会社の経営が芳しくなく資金繰りに困っていた。そこで、以前東京の不動産会社に勤務していた頃、マンションを斡旋した石田さんを思い出した。平田は、不動産ブローカ時代に400万円を石田さんに貸していたため返済を迫るため社員の野口を誘って上京したという。この時、石田さんから「どうせ悪いことをして得た金でしょう」と断られたため、カッとなり腕で石田さんの首を締めたと供述した。

捜査本部はこの点を中心に捜査したが、400万円の貸し付けの事実に関して不明瞭であること、犯行は1ヶ月前から計画されていた事などが判明した。さらに平田らは石田さん以外にも1人暮らしの女性を殺害し金品を奪っていたことが明らかになった。

昭和55年1月18日東京地裁は平田、野口に対して「目的のためには手段を選ばない非情な犯行」として死刑を言い渡した。昭和57年1月21日東京高裁は平田らの控訴を棄却。昭和63年10月22日、平田は恩赦を期待して上告を取り下げたため死刑が確定。野口は取り下げず平成2年に死刑が確定した。平成8年12月20日東京拘置所で平田の死刑執行。享年60歳。


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